漫画のことと本のこと

漫画好きが読んだ漫画や本の感想を書くブログです。

フィクションにできること。『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』は年間2万人の自死者遺族の物語

夫が自死をした。

 

 

いわゆる自死遺族をテーマにした漫画のご紹介です。

 

 

優しく真面目な国家公務員であった夫と、その妻。

 

 

子どもはいないけれど夫婦仲の良かった二人に、突然訪れた別れ。

 

こんな悲劇を取り扱うのが、ビックコミックスピリッツの新連載『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』です。

 

 

『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』のマサコちゃんとは、実在した公務員赤木俊夫さんの妻、雅子さんがモデルです。

 

赤木俊夫さんは学校法人森友学園をめぐる財務省の公文書改ざん問題で自殺に追いやられたとされる国家公務員であり、訴訟が認諾(民事訴訟で被告側が原告の請求を正当と認め、裁判を終わらせること)されたものの、雅子さんは現在、抗議文を提出するとしています。

 

しかし『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』の主眼は政治テーマではありません。

 

政治という大きなムーブメントに隠されてしまった個人の感情。

年間2万人にも及ぶ自死者と、その数だけ増える自死遺族。その悲しみと、どうして死んでしまったのか?という嘆き。

 

 

これらを通し、

 

自死遺族への想像力を養うこと、自死遺族の生活に想いを馳せること。

 

これは『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』の大いなる意義であり、フィクションが持つ力だと思います。

 

以下の項目でご紹介します。

 

  • 詳細情報
  • あらすじ
  • 感想

 

漫画詳細情報

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がんばりょんかぁ マサコちゃん 小学館より引用

 

  • タイトル
  • 『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』
  • 作者
  • 原作・宮﨑克 / 作画・魚戸おさむ
  • 連載媒体
  • 週刊ビックコミックスピリッツ
  • 連載開始
  • 2022年01月24日

 

週刊ビックコミックスピリッツは小学館の青年誌です。

終末病棟のドラマ『お別れホスピタル』、『闇金ウシジマくん』の真鍋先生が描く弁護士ドラマ『九条の大罪』など社会派の漫画もあれば、アニメ化&映画化の決定した青春劇『君は放課後インソムニア』、TV Bros.東京ニュース通信社)のマンガ賞を受賞したまったり日常ドラマ『ひらやすみ』など、数々の名作を揃えています。

 

また原作の宮﨑克氏は漫画『ブラック・ジャック創作秘話』で故手塚治虫の数々の逸話を掘り起こした漫画原作者

作画の魚戸おさむ氏は『家栽の人』で心優しき家庭裁判所裁判官を描き、硬いモチーフをあたたかな人情ドラマとして構成し、ドラマ化するなど評価も高いです。

 

本連載は2021年12月前半には「スピリッツ新連載6連弾」として告知されていました。

 

作者のアサインなどを考えると、2021年前半には構想が固まっていたのかな?と推測します。

 

あらすじ

実直な公務員だった夫が、なぜ自ら命を絶たねばならなかったのか?

 

平凡な夫婦の幸せは、なぜ壊されなければならなかったのか?
国有地が不当な価格で売却された事件の渦中で、関係者の名を隠蔽するために公文書の改ざんを命じられた近畿財務局職員・赤木トシオ。その妻、マサコが「夫の死の真実を知る」ために国と闘うことを決意するまで、そして現在の迷い、怒り、葛藤とは――!?
愛する人の喪失に向き合う、すべての人に贈るヒューマンドラマ。

ビックコミックスピリッツWebページ 小学館より引用 

 

 

感想

「家族が自死する」ということ。

 

それがどれだけの衝撃を受けることなのか。

普通に暮らしていればそれはあまりに遠い感覚。

 

しかし警察庁の発表によれば、日本の自死は年間2万件にも及んでいます。

例えば横浜アリーナの最大収容人数は1万7000人だと言います。

年間、横浜アリーナからはみ出すくらいの人が自ら死を選んでいるのが、現在の日本です。

 

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令和3年の月別自殺者数について(12月末の速報値) 警視庁より引用

 

 

 

家族の自死は決して対岸の火事ではありません。

たとえ自分がその立場にならなくとも、その悲しみをコンテンツを通して想像することはとても大切なこと。

ひょっとしたら隣にいるかもしれない、自死者家族への思いやりや理解につながるかもしれません。

 

ただし、漫画やドラマなどでセンシティブな題材を扱う時、取材対象への配慮やリスペクトは不可欠です。

週刊ビックコミックスピリッツwebページにはこのような但し書きがついています。

取材対象へのリスペクトのある、エンターテインメントとして正しい姿勢だと思います。

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週刊ビックコミックスピリッツWeb 小学館より引用

 

取材遺族への配慮をしたうえで、『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』はとてもあたたかく、胸を締め付けるような痛みのある漫画になっています。

 

高卒で、夜間学校に通っていた夫。

真面目で「私の雇用主は日本国民です」と言って笑った夫。

思い出と言えば、二人で夕暮れを見たのがきれいだった、と笑う妻。

 

遺書には、「苦労ばかりかけてゴメンネ」と書いてあった。

 

 

 

 

 

自死遺族はどのような感情をもち、どのような暮らしをするのか。その1ケースとしての漫画です。

 

全ては1ケースの、しかも事実を元にしたフィクションにしかすぎません。

しかし

  • 勤務先でどれほどつらいことがあると自死にまで至ってしまうのか?
  • その後遺族にどのようなことが起こるのか?
  • 自死家族の死の真相を教えてほしいと願う時、どのようなことをしているのか?

 

このようなことへの想像力を養うこと、これはフィクションにできることだし、むしろフィクションにしかできないことだと思います。

 

あなただって、いつ自死遺族になるかもしれない。

会社のあの人だって、自死遺族かもしれない。

 

そんな社会を生きているのが私たちです。

 

警察庁のHPを見れば自死の数字はわかります。しかし当事者感情を想像することはとても難しいです。

 

魚戸先生のあたたかな漫画を通し、優しい笑いと張り裂けるような胸の痛みを感じることは、自死遺族への理解の助けになるはずです。

 

bigcomicbros.net