大変ヨイことですよ!
私のようなね、ゴールデンカムイ大好きっ子で特に月島はこの後も闇を抱えて昏い海をさらって生きていてほしいと望むような(薄暗い願望)人類としてはね、このように議論を呼ぶことは大変喜ばしいことです。
ただ、「現実の少数民族への関わり方」でお悩みの方もいらっしゃるんじゃないかなあとは思うんですよね。そういう漫画ですから。
私は美術史・美術批評を学ぶ学生です。
そのあたりの見解から、どのようなスタンスで関わっていこうかな、という自己表明をしたいと思います。
こんな関わり方をしようとしている人もいるよ、という参考になれば。
以下のように章立てて解説していこうと思います。
1.一般読者は知ればいい。知ることは疑問と是正につながるのだから。
2.でも、漫画から現実を知ることはできないので。ゴールデンカムイのアイヌ誤用3つをご紹介。
※アイヌ語について、機種依存文字になってしまうため小文字等の表記ができていません。ご了承くださいませ。。
1.一般読者は知ればいい。知ることは疑問と是正につながるのだから。
ゴールデンカムイを読んだら、アイヌの差別に対して何らかのアクションをしなければならないのか?
ひょっとしたら、そんな不安を持つ人もいるのかもしれません。
私はここに「一般読者はそこまでしなくても良い」という見解を持っています。
「アイヌ差別があることはぼんやり知っているが、なんかデモに参加したり、何らかしらの抗議運動に参加しないといけないの・・・?」
漫画読者にそこまで求めているアイヌ関係者はいないと思っています。
以下に、アイヌ関係者であり、ゴールデンカムイのアイヌ文化監修をしている中川裕氏の著作の言葉を引用します。
「本書がひとりでも多くの方の手に取られ、アイヌの歴史や文化に触れて、興味を持つきっかけとなれば幸いです。」
漫画というものの影響力はそこまで強くありません。何かを劇的に変えることは漫画に求められていません。
でも、さらにその後、言葉が続きます。
「そして最終的には、アイヌの人々が現在のこの社会で、自分たちの文化の維持・発展のために活動している姿に関心をもってもらえることを願っています。」
ゴールデンカムイ読者に求められていることがあるとすれば、それはデモや抗議活動への参加などの大それたことじゃあありません。
「文化、その維持への努力を知ること、興味を持つこと、関心を持つこと」です。
知ったうえでそれ以上に発展することはあるでしょう。
「これはもっと知られるべきだろ!」と思ってライブに行ったり、「えッこんな差別ひどすぎるじゃん!!」と憤って発信をしたり、そういった個人の発展はあり得ます。
でも、一般読者に求められているのはそこまでじゃないよな、ということは認識して、気軽に知ってみるのがイイと思っているんです。
そして知ることは差別や不平等へのカウンターになり得ます。
例えばですが、同書p222で「コンブという言葉の起源がアイヌ語である」ことに触れられています。
コンブは北海道西部で「コンプ」と呼ばれるそうです。
この呼び名は797年『続日本紀』にすでに登場しています。
つまりそのころには日本の朝廷と(岩手を経由し)アイヌ語話者が交易をおこなっていたということが浮かび上がってきます。
こういうことを知っていれば、
「アイヌ民族は本当はいなかった」「捏造の民族である」
など書いて出版された本について、
「あれえ〜?おかしいぞ〜?」
とひっかかることができるわけです。
アイヌ関係者がゴールデンカムイ読者に求めるなら、たぶんまずはこのくらいのことでいいんじゃないかなって。
2.でも、漫画から現実を知ることはできないので。ゴールデンカムイの中のアイヌ誤用3つをご紹介。
と、言いつつ。
ゴールデンカムイはエンタメであって、正史ではないし教科書でもないです。
エンタメは面白さのために正しさを犠牲にすることがあります。それを演出と呼びます。
演出は面白さのためには最強正義ですが、↑でご紹介したような「差別をはねのける正しい知識」のためには間違っています。
ですから現実を知りたければ現実のアイヌを紹介した本を読みましょう!
せっかくなので、『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』からいくつか、ドヤれる「野田先生がエンタメ力(りき)を発揮してデコったところ」をご紹介しますね。
なお、以下の文章の引用は全て『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』から引用するため、引用元ページ数のみ記載します。
1.「チタタプ処女」とかないぞ!ただ叩く料理「チタタプ」は演出の最高峰
チタタプとは、アイヌ料理であり『ゴールデンカムイ』内で頻出する料理名。
肉を包丁で叩く、つまりミンチにする料理方法です。
「チタタプ、チタタプ」と言いながらグループメンバーひとりひとりが肉を叩かないといけない・・・というアシリパさんルールに基づき、軍人や侍、凶悪犯罪脱獄囚などが包丁で肉を叩くシュールな風景が繰り広げられます。
このチタタプに関して、『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』168pにて、「チタタプとは特に唱えながら作る料理ではない」ことがはっきり書かれています。
「漫画に描かれているように」「チタタプ、チタタプ」と言いながら刻むということはありません。あれは野田先生の創作です。」168pより引用
チームワークの創出やオモシロでの利用みたいですね。
うんまあ面白いよね。↓とかね。
野田サトル『ゴールデンカムイ』13巻 集英社より引用
そのため名言「チタタプ処女(チタタプしたことない奴への蔑称→蔑称なのか?)」なんかもあり得ません。あれは野田先生の願望・・・なのか。
2.滑り降りるのは靴でした。3巻の杖でスキーする「クワエチャラセ」
『ゴールデンカムイ』序盤の大一番、クマ猟師の囚人二瓶との闘いが描かれる3巻。
狩猟の心意気やテクニックがふんだんに盛り込まれたカッコいい巻です。
この巻で、アシリパさんが杖で雪の斜面を滑り降りるアイヌのスキー術「クワエチャラセ」が登場します。
しかしここにも野田演出が。
「実はクワエチャラセは「杖で滑り降りる」という意味ではあるのですが、杖に乗るのではなくて、ただ靴ですべるのです。(中略)杖はストック代わりにしてバランスをとるわけです。」p246
野田サトル『ゴールデンカムイ』3巻 集英社より引用
じゃあこれが不正解かというと、「かっこいいから漫画としてはあり」ということも中川氏は述べています。
実際めちゃくちゃカッコいいし、これぞ漫画です(が、信じちゃダメなやつだった・・・!)。
3.フチのメノコイタ、もっと大きい。誤りがあって監修とのやり取りで変更されたサイズ感
最後に、これは演出ではなく誤りの部類をご紹介します。
『ゴールデンカムイ』4巻には、アシㇼパさんのおばあちゃん(フチ)の使用するお料理道具「メノコイタ」が出てきます。
このサイズが本誌掲載時に小さかったため、単行本掲載の際に描き直ししてもらったとのことです。
本誌ではいやに小さくて、せいぜい縦の長さが30センチくらいしかないように見えます。(中略)コミックスにするときに大きく描き直してもらうことにしました。それによって、50センチくらいになったのですが、フチの顔が大きすぎて、これでも大きいようには見えなかったのでした(笑) 245pより引用
こういった細かな点をきちんとやりとりして変更されていることがうかがえます。
3.正しい知識は強く、そして漫画が面白くなる。どんどん知っていこう!
このエントリーでは以下をお伝えしました。
- 一般の読者が漫画の文化知識に対して求められていることの見解
- 実際にゴールデンカムイで誤った文化(演出)が使われているシーンの紹介
『ゴールデンカムイ』は実際の少数民族の文化の美しさもカタルシスとして取り入れています。一般の読者とは呼べない、例えば社会問題の専門家、民族学の研究者、人類学者などは言いたいこともたくさんあると思います。
でも、一般読者は漫画を読み、日々自分の仕事を全うしています。
そういった人までもが深く子細な知識を持つことは現実問題としてかなり厳しいと思います。
しかし、例えばこのエントリーでご紹介したような本を900円で買ってみて、まずは「野田先生けっこう演出入れてるな!」「オソマって「うんこする」っていう動詞なんだ~へ~」などなど、物語との差異を楽しみ、そして正しい知識を得ることはできるんじゃないかなと思います。
文化とは、その人たちの生きた証そのものです。
やっぱり違っちゃいけないんです。
先日、思ったことを呟いたのですが、
やはり文化を漫画で勘違いされることは正しくないし、場合によっては致命的だと思って。
[http://
「年金もらえない問題とか大変らしいけど綺麗に収まって良かったよね!」「収まってないです!!」「でも漫画ではそうだったよ」「違います!!」「面白い漫画だったんだからめんどくさいこと言わないでよー」「まずはデータ見てもらってヤバさを実感してくださいいいいい」ってなるやん
— 中山今(まんががすき) (@kon_nakayama) April 30, 2022
]
ってなるじゃないですか。
知っていきましょう。多分それが求められていることだし、マンガを気兼ねなく楽しく読むことでもあると思うんですよ。
それに、知ることによって漫画はより面白くなります。
- 差別を受け続けながら「慣れてる」というアシリパさんの今までも、
- その差別に家族の結核で村八分にされた自分の経験を重ねた杉元の怒りも、
- 最初はアシリパさんに差別語を投げつけながら、ロシアではアシリパさんを守ることを選択した白石の気持ちも、
より深く味わえるってもんです。
↓、野田先生の書き下ろし漫画も入ってすごくおすすめ。ファンならぜひぜひどうぞ!
5/20追記
↓エントリーも書きました。
このエントリーでは『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」 』をご紹介しましたが、『アイヌ文化で~』が巻末に直接くっついているようなアメコミ『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の解説文の良さをご紹介してます。
なお『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』はKKK(アメリカにおける有色人種、および有色人種を擁護する白人種差別集団)を扱ったコミックスです。