こんにちは、もうすぐ30巻が発売されますね(5/21現在)!
なにって『ゴールデンカムイ』のことです。連載時からの加筆は確実。急ぎ足で駆け抜けていった感もあるので、いろんな箇所が加筆・改変されることだろうと思ってワクワクしています。谷垣源次郎の胸毛とか。
さて、それはそれとして。
一方で、Twitterで話題になっている件も忘れてはいけません。
「『ゴールデンカムイ』の史実の描き方や確認方法について」です。
以前に↓のようなブログを書いたんですけども。
この時は、「監修の中川先生の本を900円くらいで買ってみてとりあえず読んでみたらいいんじゃ(野田先生の描き下ろし漫画もあるし)」というスタンスでした。(そしてこのスタンス自体はいいモンだと思っています)
でも、最近になってあ~ッ!と思ったんです。
多民族、多宗教でコンテンツ作りまくってる国の感じを真似したらイイ感じなんじゃないの・・・・!?と・・・。
そこで本日はその参考としてKKK(白人至上主義者)をテーマにしたアメコミ『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の社会情勢解説ページをご紹介したいと思います。
このエントリーは下記のように進行します。
- 『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の内容や社会的評価、モチーフの敵について
- 『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の巻末情報解説の紹介
- 巻末情報があることによるメリットの分析(Ms.マーベルのギャグも参照しながら)
ねえどうかしら。こんなのが『ゴールデンカムイ』の巻末についてたらいい感じじゃないかしらッ?っていう。
1.『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の内容や社会的評価、モチーフの敵について
まずは『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』ってなに?というところから解説しますね。
作品名:『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』
著者:ジーン・ルエン・ヤン (著), グリヒル (イラスト),吉川 悠 (翻訳)
出版社:小学館集英社プロダクション(邦訳)/DC Comics(原著)
【あらすじ】
舞台は1940年代。チャイナタウンからメトロポリスに引っ越してきたティーンエージャーの兄妹 ロベルタ・リーとトミー・リー。 なんと新居の近所に住むのは、あの有名なヒーロー“スーパーマン"だった!ある夜をきっかけに、二人はスーパーマンと秘密結社クランの戦いに巻き込まれてしまう。 ロベルタとトミーはスーパーマンを助け、この戦いに勝利することができるのか?
Amazon商品ページ 閲覧日2022/5/20 より引用
【社会的評価】
2020年ハーベイ賞ヤングアダルト部門受賞
なおこの作品のライター(原作者)ジーン・ルエン・ヤンはコミック原作者であると同時に「米国議会図書館が選ぶ第5代目児童文学大使」でもあります。エンターテインメントのモラルについては信頼を寄せて良さそうです。
↓米国議会が選ぶ~~とは以下のような役職。
児童文学大使は、生涯にわたる識字能力、教育、生活の発展と向上における、子どもの本の重要性を示す目的で、2008年に創設された。
(国立国会図書館国際子ども図書館ウェブサイト https://www.kodomo.go.jp/info/child/2020/2020-021.html 2022年5月20日閲覧 より引用)
さて、あらすじ中の「秘密結社クラン」とは現実の白人至上主義者集団「クー・クラックス・クラン」をモデルとしています。
「KKK」と聞いたらピンと来る人もいるのでは。または↓の写真とかを見ると、ドラマや漫画で見たことのある人もいるかもしれません(以下「KKK」と表記します)。
↓こんなの・・・怖ァい!
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia) 2022年5月20日 18:07
でも、なんとなくは知っていても実際に「KKKは具体的になにをして、何が悪かったのか」というところまで詳しく知っている人は多くはないと思います。
そのあたりも『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の巻末にて解説されています。
ざっくりと概要をまとめてご紹介したいと思います。
2.『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の巻末情報解説の紹介
では、今回のエントリーのメイン「巻末情報」のご紹介に移りますね。
スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』は本編終了後のコミックス巻末、P228~P239が解説文となっています。
解説文の筆者は原作であるジーン・ルエン・ヤン。
彼は中華系アメリカ人であり、アメリカ社会ではマイノリティです。
その彼の視点から以下の3つについて解説されています。
ひとつづつ紹介していきます。
1.KKKの歴史
1865年の1月、激しい南北戦争も終わりに近づいたころ、合衆国連邦政府は憲法修正第13条を通過させ、犯罪者への罰を覗いて奴隷制度を排した。
同年、テネシー州である集団が集まり、これが最初のクー・クラックス・クランの集会となる。~(中略)~クランはテネシー州だけでなく南部全体で、アフリカ系アメリカ人や彼らに味方する白人を脅かした。脅迫を送り、教会を焼き払い、数えきれない人々を殺した。
(ジーン・ルエン・ヤン (著), グリヒル (イラスト)吉川 悠 (翻訳)『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』P229 小学館集英社プロダクション 2020年 より引用)
上記の通り、KKKの始まりから行いまでを端的に紹介しています。
また、その後の遍歴や社会的評価、エンターテインメントがKKKに与えた影響なども解説されています。
2.ジーン・ルエン・ヤン自身のマイノリティとしての実感
彼の名前はダニーということにしておこう。肩幅が広く、目の色はヘイゼルで、スポーツが得意だ。~(中略)~「G.Iジョーっていいよな!ハイタッチしようぜ!」と彼は手をあげてきた。
僕が手を伸ばすや否や、彼はその手を引っ込めた。
「俺が○○○に触るわけねえだろ」ダニーのいった言葉は「臭い(stink)」と韻を踏む単語とだけ言っておこう。
(ジーン・ルエン・ヤン (著), グリヒル (イラスト)吉川 悠 (翻訳)『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』P230 小学館集英社プロダクション 2020年 より引用)
こうした個人的なマイノリティの差別実感のほか、アメリカにおける有色人種全体への差別の歴史、また戦争の都合上、一時的に中国人の扱いが「盟友扱い」になった歴史や経緯について解説しています。
3.コンテンツがKKKに与えた影響
1916年、『国民の創生(The Birth of a Nation)』という映画がアメリカ中で公開される。その中で描かれているのは、クー・クラックス・クランが頭巾とローブで素性を隠した白人至上主義者の”ヒーロー”となり、解放された奴隷たちの”脅威”から国を”守る”という内容だった~(中略)~数か月もしないうちにクー・クラックス・クランは復権した。しかも今回は、ビジネスとなっている。広告会社を雇って可能な限りの金を稼ごうとしたのだ。
(ジーン・ルエン・ヤン (著), グリヒル (イラスト)吉川 悠 (翻訳)『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』P231~P232 小学館集英社プロダクション 2020年 より引用)
ほか、キャラクタースーパーマンがKKKに与えた社会的影響についても解説されています。
長文と当時の写真、個人的な写真でみっちりと解説された文章は、読み応えたっぷりの内容です。
ではこの解説文がもたらすメリットは何なのか。これは私の感想になりますが、所感として聞いてください。
3.巻末情報があることによるメリットの分析(Ms.マーベルのギャグも参照しながら)
このあたりは詳しい専門家がいると思うのですが、取り急ぎ筆者が思うメリットについて解説します(し、不足はあっても誤ってはいないと思います)。
- メリット1.素材とした文化の正しい知識が学べる
- メリット2.異文化ギャグなどの進行を損ねない
- メリット3.漫画がより面白くなる
これもひとつづつ解説していきますね。
メリット1.素材とした文化の正しい知識が学べる
これは言わずもがなですね!
例えばどんなコンテンツでも悪用・誤読・曲解はできます。
KKKとスーパーマンが戦う漫画でありながら、「いや、あれはスーパーマンがKKKのヒーローとして立つ漫画なのである」みたいなことを言う輩は必ずいます。
例えば、正に『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の前身、1964年のラジオドラマ『アドベンチャーズ・オブ・スーパーマン』当時の懸念がそうです。
当時の制作責任者はユダヤ系アメリカ人(ユダヤ人もKKKのターゲット属性のひとつでした)で、ラジオドラマでこの題材を扱うにあたり25本もの脚本を読み通し、周到な創作を行いました。
ジーン・ルエン・ヤンは当時の責任者の心情を解説文中で推察しています。
リスクの多い試みだから、気を付けねばならない。話が説教くさすぎたらどうする?怖すぎたら?(中略)リスナーがエピソードの一部だけを聴いて、スーパーマンが差別を認めたように思ってしまうかもしれない。だから脚本は正しく書かれなければならなかった。
(ジーン・ルエン・ヤン (著), グリヒル (イラスト)吉川 悠 (翻訳)『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』P236~237 小学館集英社プロダクション 2020年 より引用)
ラジオドラマ『アドベンチャーズ・オブ・スーパーマン』はラジオドラマなので、お話の中で誤解しないよう作る必要がありました。
そのお話を下敷きに作られている『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』も一読して誤読されないようにはできています。
しかし解説文が付くことにより、さらに正しい知識を与え、読者が歴史と向き合うことができます。
これは文化・歴史配慮として、『ゴールデンカムイ』がめちゃくちゃ求められてることだと思います。
メリット2.異文化ギャグなどの進行を損ねない
これは創作の上で大切なことで、異文化の紹介のために登場人物に語らせたり、モノローグを挟むモタモタ感をカットすることができます。
例えば同じくアメコミで解説付きのマーベル社のコミックス『MSマーベル』を引用します。
女の子のセリフに注目してください。
「このイケないお肉ちゃん」というセリフ、これはこの物語の主人公カマラがイスラム教徒であり、イスラムの禁忌である豚肉の入ったBLTサンドを食べられないことからの自虐ギャグです。別紙の解説文にて説明があります。
この異文化を文中で解説するためには、それ専用の解説キャラを入れる、あるいはモノローグなどで解説する必要があります。しかしマンガの進行が重くなります。
例えば『ゴールデンカムイ』の名物チタタプ(肉をメンバーひとりひとりが叩いてミンチにする料理方法)、あれ本当は「みんなで叩く」必要はないそうです。みんなで叩くのは野田先生の創作なんですね。
文化を取材し踏まえ、改変して面白くすることは漫画として罪ではありません(むしろそこが面白いところ)。
しかし文化の誤認につながるため、できればなにか解説が欲しいです。
このあたりを解説文に丸投げできれば、進行を損なわずに異文化ギャグを入れることができます。
これって創作にいいことだよなって。
メリット3.漫画がより面白くなる
私たちは作品の内容だけでなく「漫画の情報」も共に「読んで」います。
歴史背景を知ることでより作品の中の重大性を感じることができます。
例えば『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の敵、「秘密結社クラン」はスーパーマンに悪行を阻止されるため、作品中ではそんなに悪いようには思えません。
しかし解説文の本当のKKKの情報を読むと、危険度をまざまざと感じることができます。
カルフォルニアの歴史上、最悪のリンチ行為は1871年のロサンゼルスのチャイナタウンで起きた。(中略)この暴徒たちはクランであると明白な主張はしなかったが、行動は間違いなくクランらしかった。彼らは中国人の男性と少年たち17名から20名の首を吊って殺した。
(ジーン・ルエン・ヤン (著), グリヒル (イラスト)吉川 悠 (翻訳)『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』P230 小学館集英社プロダクション 2020年 より引用)
作画のグリヒルの絵は清潔で優しく、残酷な描写は出てきません。
しかし読者がこの時代背景を知っていれば、作中の「秘密結社クラン」の危険度は(知った読者の中で)MAXに高まります。
『ゴールデンカムイ』でも、その歴史の重みを知ればより面白くなる部分ってすごくあると思うのです。
例えば金カムでも指折りの「変態」江渡貝弥作(墓漁りをして死体から服を作っていた)は、実際のアメリカの猟奇殺人犯エド・ゲインがモデルです。エド・ゲインも「死体からランプシェードを作っていた」という事実を知ると江渡貝宅の怖さがグッと増しますよね(検索&閲覧注意!!!心臓の弱い方は検索ダメ絶対!!!)
まとめ~どうだろう集英社さん!巻末に解説を入れるのはどうだろう!?~
このエントリーでは以下の3つを解説しました。
- 『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の内容とか賞の受賞、作者の社会的な安心感
- 『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の巻末情報解説の抜粋3つ
- 巻末情報は歴史事実もちゃんと解説できるし、物語も止めないし、より面白くなるしいいことづくめなんじゃないか
集英社さんどうでしょう!?『ゴールデンカムイ』に、巻末情報どうでしょう!?
『ゴールデンカムイ』にはアイヌ文化監修として中川先生(『アイヌ文化で読み解く 「ゴールデンカムイ」』著者)がついています。
巻末にどうでしょうかっ!
それにより、野田先生がよりのびのびと創作もできるんじゃないかなあって思うんですよ。
それにしても『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』自体もおススメの漫画です。
今回、『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の解説文を紹介するにあたり、本当~~~~に絞った内容を引用しました。
本当はもっともっと濃い内容で、単純にKKKの歴史の勉強になります。
またお話としても、現実のマイノリティだけでなくスーパーマンであるが故のマイノリティの苦悩(スーパーマンはクリプトン星という星の人で、アメリカのシンボル的ヒーローでありながら超マイノリティです)も描いており、「孤独を感じた人」すべてに共感を呼ぶ内容になっています。
作画のグリヒルの絵柄は優しく、スタイリッシュなエンタメとして楽しく見ることができます。
『ゴールデンカムイ』に巻末情報つくのもいいかもなあ・・・と思われた方、ぜひ『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』も読んでみてください。
その緻密で子細な解説文、多民族・他宗教の国で培われた配慮の形だと思うんです。
これからの日本の漫画(歴史フィクションを扱う漫画)に必要になるかもしれない。
↓このエントリーの冒頭でもご紹介しましたが、こんなエントリーも書いています。
『スーパーマン・スマッシュ・ザ・クラン』の巻末情報に相当する本『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』の内容から、金カム内のアイヌ文化の誤用(演出)を取り上げてご紹介しています。よろしければどうぞ。