こんにちは。『ゴールデンカムイ』が好きでアイヌ民族に興味を持ったマンガ批評見習い、中山と申します。
本エントリーでは、約600年前のアイヌ民族を描いた『ハルコロ』という漫画をご紹介したいと思います。
『ハルコロ』は、約600年前のアイヌ民族の少女ハルコロの成長物語(後半はその息子、パセクルに主人公を譲る二部構成)。岩波現代文庫にて全2巻構成です。
アイヌ民族の少女としての大人の仲間入り、恋、そして出産という人生の流れが描かれます。
しかしこの漫画には少女の成長物語以外に大きな特徴を2つ備えています。
それが
- 非常に信頼のおける作者群による資料的側面があること
- 文化のエモーションを疑似体験できる「ウエペケレ(昔話)」の形を借りている
です。
いったいどんな作者たちが作っているのか?そしてウエケペレ(アイヌ語で昔話などの意味)である、ということはどういうことなのか?
実際の漫画の引用も含めてご紹介します。楽しんでいただければ幸いです。
このエントリーは以下のように進行します。
1.作者たちの解説~ジャーナリスト、アイヌ民族初の国会議員、そして手塚治虫に師事した漫画家。圧倒的な信頼感のある「資料物語」を作る3人の紹介~
2.無機質な年表を疑似体験する面白さ。ウエペケレの具体例と注意点
3.ハルコロの目を通してアイヌの暮らしを疑似体験!2つのシーンをピックアップ
※記述に参考文献がある場合「※数字」で表記し、エントリー末尾の参考文献につながっています。
1.作者たちの解説~ジャーナリスト、アイヌ民族初の国会議員、そして手塚治虫に師事した漫画家。圧倒的な信頼感のある「資料物語」を作る3人の紹介~
『ハルコロ』は『アイヌ民族』という本をベースに制作された漫画です。
ジャーナリストが書き、アイヌ文化研究家が集め、そして社会問題を題材にしてきた漫画家が描いています。
制作者たちはこのような方々です。ひとりひとり解説をしていきますね。
まず、『ハルコロ』の原著『アイヌ民族』は本多勝一氏の著書です。
本多勝一氏は少数民族ジャーナリストであり、アイヌ民族のほか、カナダ=エスキモー、ニューギニア高地人、アラビア遊牧民・・・など多数の民族を取材した著書があります。
『アイヌ民族』の文化監修はアイヌ文化研究家であり、アイヌ民族初の国会議員でもある萱野茂氏。
本多氏は『アイヌ民族』を著すにあたり萱野氏の自宅に泊まり込み、監修を受けるとともに周辺に住むアイヌ民族の人たちに表現の違和感などを訊いて回ったそうです。(※1)
その『ハルコロ』のコミカライズを手掛けたのが石坂啓氏です。
漫画の神様・手塚治虫氏に師事し1976年にデビュー。
『キスより簡単』『アイ’ム ホーム』などドラマ化するメジャー作品を持つ反面、『正しい戦争―石坂啓反戦マンガ傑作集』など社会派の作品も手掛ける実力派の漫画クリエイターです。
歴史資料としての信頼性において、十二分なメンバーであることは間違いないと思います。
さて、本多勝一氏の『アイヌ民族』は資料を体感するため「物語仕立て」になっているのが特徴です。マンガ『ハルコロ』はそのニュアンスをさらに膨らませてコミカライズしています。
「資料を体感する」とはどのようなことなのか?
具体的な例を交えて解説します。
2.無機質な年表を疑似体験する面白さ。ウエペケレの具体例と注意点
「資料を体感する」とは、キャラクターの目を通してアイヌ民族の生活や祭りがどのように行われ、想われてきたかを知ることです。
『アイヌ民族』は本多勝一氏が萱野茂氏の助けを経て集めた貴重な資料群ですが、なにせ古い資料。約500年前(『アイヌ民族』執筆当時)にどのように使われたかは想像するしかありません。
そこで本多勝一氏が採用した方法が、アイヌ民族の口承(文字ではなく口頭で暗誦される物語)によるウエペケレ(昔話)に文化紹介を織り込むことでした。
「ウエペケレとは、分解して訳せば「お互いに清らか」といった意味になるが、ほぼ「昔話」に相当しよう。内容は実にさまざま、長さも短篇から長篇まであるが、ほとんどは何らかの意味で教訓や生活の知恵を示している。直接的体験が語り継がれるうちにウエペケレとなる例も多かったらしい」
集めてきた民具や祭りの資料は写真と文字でしかありませんが、物語ならばキャラクターがその文化に対しどのように反応し、受け入れ、ともに生きているかを見つめることができます。
具体例として漫画『ハルコロ』の命名シーンをご紹介しますね。
物語の序盤、ハルコロは幼い少女です。
父親に呼び出されると怒られることをまず心配する、そんなありふれたかわいらしい女の子です。
ただし、この段階のハルコロはまだ名前がなく、「オペレ(おちび)」と呼ばれています。
アイヌ民族のこどもは生まれてすぐは名前がありません。六つ、七つくらいまで名前が無い場合もあったそうです(※1)。
アイヌ民族にとって、名前は大変重要なものです。
その子が悪い神に憑りつかれぬよう、健やかな人生を送れるよう、親が心を込めて名前を決めます。
このシーンで父親がハルコロ(オペレ)を呼んだのも、彼女の名前を決めるためでした。
アイヌ民族の名づけには、強い制約として「他人と同じ名前をつけてはいけない」というルールがあります(故人とも重複しないよう気を付けるそうです)。
なぜなら、恩恵や災いもその名前を頼りに届けられると考えられているからです。
そのため贈られる名前は本当にその人独自のものであり、名づけの段階で初めてアイヌ(アイヌ語でアイヌとは人間の意味を指します)として認められるという意味を持つのです。
ハルコロも、自分に名前がつけられたことで大人になったことの喜びを噛みしめます。
『ハルコロ』ではこの後も折に触れ
- 悪い神に聞かれないよう、お互いの名前を訊くことも躊躇する
- 好きな相手にだけ、本当の名前を打ち明ける
など、名前を大切にするエピソードが登場します。
創作であること、またあくまでハルコロの集落でのお話(アイヌ民族は集落によって多少の変化があります)であることをふまえるべきではあります。しかしこういった少女の感情ニュアンスは資料のみでは読み取ることが難しいです。
信頼あるフィールドワークで編まれた物語で感情のニュアンスを感じるのは、文化を知るきっかけとして有意義なことだと思います。
ただし漫画ですから、すべてのエピソードをそのままアイヌの真実であるととらえるのは少し問題です。マンガである以上、物語を演出する誇張は必ず存在するからです。
例えば、以下のシーンなどは象徴的です。
アイヌのイコインカル(産婆)見習いが礼儀について叱られるシーンです。
貧しい家の出産に立ち会い、大した御礼が無かったことに文句を言うイコインカル見習の少女。その心根をいさめるイコインカルが「銭金ではない」という言葉を使っています。
しかし、600年前のアイヌ民族は物々交換が基本であり、金銭の概念が強いようには思えません。(※2)
このエピソードは原著にあたる『アイヌ民族』に掲載されている大正生まれのイコインカル、青木愛子さんのエピソードが酷似しており、そのエピソードを盛り込んだのではないか?と考えられます。
ハルコロの舞台の時代にも漆器や刃物など美しい宝物をためこむ人の物欲を蔑む言葉(ウエンペ=心の貧しい人の意味)はあるようです。
しかしこどもを叱る時に「銭金」を出してくるのは時代感覚的に違和感を覚えます。これは現代読者への分かりやすさの配慮としてとらえる方がよさそうです。
このように漫画上の演出には十分注意しなければいけませんが、600年前のアイヌ民族の生活を想像してみるフックとしては大変有効な漫画です。
それでは、印象的なエピソードを2つピックアップしてご紹介しますね。
3.ハルコロの目を通してアイヌの暮らしを疑似体験!2つのシーンをピックアップ
それでは、『ハルコロ』の中からシヌイェ(刺青)のエピソード、ラウンクッ(下ひも)のエピソードをそれぞれご紹介します。
1.口の周りのシヌイエ(刺青)は、少女たち憧れの大人の象徴。でもやっぱり、痛いよね。
アイヌ民族の女性たちは、大人の証として手の甲や口の周りにシヌイェ(刺青)をほどこします。
『ハルコロ』の劇中でも、ハルコロ、そしてハルコロのサポ(お姉さん)と、友達のウマカシテがシヌイェの真似をして、憧れを抱いている様子がうかがえます。
とは言え『ハルコロ』は600年前のお話ですから、シヌイェを入れる際の麻酔技術もほぼないと思われます。痛くないのかな・・・と思っていたら、やっぱりハルコロたち、痛かったみたいです。
シヌイェを入れた後、顔が腫れあがってしまうハルコロたち。だいたい3日くらいは腫れてしまうそうです。
当然、ご飯が食べられなくなってしまうので、この前にたくさんご馳走をもらっていました。
それでも腫れが引けばピリカメノコ(きれいな女の子)になれるので、3人はその日を心待ちにしています。
現代では少しイメージが難しい風習ですが、600年前のアイヌ民族の女の子たちはこんな風にワクワクしてシヌイェにのぞんでいたのかもしれません。
2.女系家族の大切な伝承。ラウンクッ(下ひも)をお母さんに締めてもらう厳粛な気持ち。
アイヌ民族の女性の下着として、「ラウンクッ」という下ひもがあります。
ラウンクッは各母系の家族から娘に伝えられるもので、各系統で模様や着用方法が異なります。
家族であっても父系の家族には見せず、見る資格があるのはその女性の夫のみです。
大人になった証、女性として一人前になった証として少女にこの下ひもが渡されます。
成長し、チュッペ(初潮)が訪れたハルコロも、ある日ハポ(お母さん)に誰もいないプ(物置小屋)に呼び出されラウンクッを締めてもらいます。
現代の女性にはやや窮屈に思える風習かもしれません。
しかし600年前のアイヌの少女たちが「成人の印として自分独自のルーツのモノをもらう」ということは、社会参加として誇らしく嬉しいことだったのじゃないかなと想像します。
少女が大人になった誇らしさと同時に、ラウンクッの形状や伝えられる経緯も分かるようになっています。
4.まとめにかえて、アイヌの創作昔話に触れてみよう。
このエントリーでは、600年前のアイヌ民族の物語『ハルコロ』について以下3つに分けてご紹介しました。
- 創作者たちの紹介
- 資料としての魅力と注意点
- 資料を物語として感じる具体例2シーン
アイヌ文化はそもそも口承(口伝え)での文化継承をしていた文化圏です。
口承はアイヌ民族のみならず多数の民族に見られる文化です。しかし難点は「その場に行き・伝承者から聞く必要がある」ということ。美しい伝統ですが性質上、拡散や流布には向いていません。
その点、印刷できる形(文章による本)になっていれば拡散は容易です。
『ハルコロ』は文章による本『アイヌ民族』を更にマンガに置き換え、読みやすくしたもの。文化継承のための創作昔話であり、学習の性格が非常に強いマンガです。
・・・と、言いつつ、ハルコロのままならぬラブはマンガとして見ごたえあります!
ウッシュー(召使い)の風習にとらわれた少年との恋に幼馴染で美人の少女が横入り!?そしてハルコロに恋する少年が現れて・・・?と、エスニックな障害&恋敵の間に翻弄されるハルコロ!ラブですな~。
そんな少女のラブ物語を楽しみながら、約600年前のアイヌ民族の衣服や道具、生活、儀式、社会を一通り触れられるのが『ハルコロ』です。
このエントリーで取り上げたのは少女ハルコロの生活に直接まつわる2パターンのシーンでしたが、他にも
など、アイヌ民族の生活の一通りに触れることができるようになっています。
学習漫画というにはエンタメ色の強い・・・まさに昔話。
ぜひご興味ありましたら手に取ってみてくださいね。アイヌモシリ(アイヌの土地)に暮らした古い民族のお話です。
↓明治以降のアイヌの歴史について、和名についての創作使用注意喚起の視点でブログを書きました。対象は二次創作者を想定していますが、アイヌ民族の明治以降の流れについても触れられると思うのでご興味あればぜひ。
(2022/8/14 中山 今)
参考資料
※1
中川裕『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』集英社新書 P76~P79
※2
本田優子『アイヌ口承文芸にみられる「史実」と交易』北海道立アイヌ民族文化研究センター研究紀要 第15号(2009年3月) P12https://ainu-center.hm.pref.hokkaido.lg.jp/kankou/kiyou/pdf/kiyou15-02.pdf
参考
『首都圏に生きるアイヌ民族』関口由彦
『アイヌ民族の歴史』関口明・田端宏・桑原真人・瀧澤正
『民族と宗教の北方史 アイヌと日本』佐々木肇
『アイヌの暮らしと伝承』ジョン・バチェラー
『アイヌの民族考古学 』手塚薫
『図解 アイヌ』角田陽一