漫画のこと。

漫画好きが読んだ漫画を紹介したり批評したりするブログです。

『まじめな会社員』~不安を引き受けるヒーロー像を『へルタースケルター』を参照して確認する~

 

本日は、先日完結した『まじめな会社員』について語りたいと思います~!

 

『まじめな会社員』はコミックDAYSで連載(全22話)していた女性向け漫画で、平凡な30歳女性が劣等感や自己実現のはざまで迷いながら恋とか親の要望とかいろんなものに敗れていき、30代~40代くらいの女性に大ダメージを負わせた漫画です。

 

しかしながら最終回を見た後、私的には「あみこ(主人公)、お前ヒーローだぜ・・・!」と思ったため、なんでそう思ったのかを書き残しておこうと思います。

 

一番のキモが最終回のため、ネタバレもしますし多分読まないとわかんないです。なので未読の方、よければ↓から読んできてくださいね!

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で、あみこのヒーローぶりを語るために1996年完結の漫画、岡崎京子の『へルタースケルター』を参照しようと思います。

 

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『へルタースケルター』はド派手で退廃的なスキャンダラスエンタメで『まじめな会社員』とはぜんっぜんジャンルが異なりますが、実は「田舎から出てきて自己実現しようとした女性の話」という共通点があったりします。

 

不安を抱えて日常を生きることは勇気がいるんだって、私思うんですよ・・・

 

(敬語ここで終わり)

 

 

・序文~綿密に描きこまれた不安と、その日常を選択する勇気

『まじめな会社員』は、不安という強大な負の感情と共に歩む決意を固めたヒーローの話である。

 

人間は不安に弱い。

 

不安をあおることで成り立つ商売(健康不安、社会不安、対人不安など)がそれを逆説的に証明している。

 

不安と共に歩むくらいなら、なんならいっそ死んでしまった方が楽なくらい、人は不安に弱い。

 

しかし漫画『まじめな会社員』は、全編にわたり丹念に不安を語りながら、最後にはその不安と共に歩む決意を固める。

 

それはものすごく強いことに見える、それゆえに私は『まじめな会社員』をヒーローの漫画だと思っている。

 

このエントリーでは以下のように『まじめな会社員』のヒーローたる旨を解説する。

  1. 『まじめな会社員』のお話の中から不安をかもす具体的なイメージを紹介する
  2. 不安と共に歩む困難を漫画『へルタースケルター』と比較する

 

 

 

・本論(情報)~『まじめな会社員』のお話の中から不安をかもす具体的なイメージを紹介する

それでは『まじめな会社員』が与える「不安」について、改めて連載内容を参照、そこから得られる感想を書きたい。

 

まずは主人公の客観的データの紹介をする。

 

主人公・あみこは東京で独り暮らし。30歳契約社員だ。

 

マッチングアプリで彼氏探しをするものの、一年やってできてない。というか彼氏はもう5年いない。

勇気を出して読書会に参加してみて、そこで出会った人に恋をしても手ひどくフラれる。

 

自分の好きなことを探して「野良ライター」になったり、頑張って業界のヒトと出会って相手にされなかったりする。

 

客観的な事実も不安を感じさせるものだが、あみこ自身の自己評価も常に不安に揺れ動く。

 

契約社員として勤務している会社では、女性社員同士のヒエラルキーを脳内で描いて自分を貶めている。

また華やかな業界で成功(あみこ目線で)している女性に対して劣等感を抱き、それとは逆に幸せな家庭生活、安定的な就業をしている女性にもまた劣等感を感じる。

 

あみこは自分が好きではない。また自信もない。

お金もないので勉強にコストをかけることもできないし、そのため自分がやってみたいライター職も独学の手探り状態で分け入ることになる。すなわち業界での立ち位置も手探りだ(そのためギョーカイ人から鼻で笑われたりする)。

 

 

あみこは東京で暮らす30歳女性としてありふれたキャラクターである。ありふれているということは感情移入もしやすいということだ。

感情移入したキャラクターが尊敬する相手からやんわりと無視されたり、軽く扱われたりする。読者はあみこの辛さを疑似体験する。

 

あみこ(=読者)は学んでしまう、高望みして意識高い系グループに混ざらなければいいのか?野良ライターごときが業界の人と話さなければいいのか?しかしそれでは自己実現は成らない・・・どうしたら・・・

体当たりで恥をかきにいくあみこをハラハラして追いかける読者に、20話で絶望的な展開が待っている。

 

自己成長を求め続けていたあみこが地元に引っ込み、たった一言の「3年後」というモノローグで地元に根をおろしてしまうのである。

 

地元には「結婚はまだか」とばかり言う折り合いの悪い両親、文化や自己実現から隔離された保守的な社会構造があり、そこであみこはひっつめ髪で二重あごになるまで太っていく。

 

読者の不安は最高潮だ。

東京で背伸びして恥をかきたくない。

しかし地元に帰って閉じこもるのも恐ろしい。

結婚する友達も、華やかな業界人も、ますます自分を置いていく。

東京にいても不安、地元に帰っても不安。

「コレをすれば人生上手くいく」というような甘い信仰も無ければ「助けてくれる彼」などの救世主もいない。

 

しかし最終話、あみこの最後の選択は「安定した地元でのパート勤めを捨て、ライターになれる保証もなく再度上京する」というものであった。

 

「くそくらえ だったら私は自分で選んだ地獄に行く」

(冬野梅子『まじめな会社員』最終話 講談社より引用)

 

 

あみこは、地元の不安ではなく東京の不安を選ぶ。

 

 

・本論(考察)~不安と共に歩む困難を漫画『へルタースケルター』と比較する

 

不安は恐ろしい。

 

はっきり言って、いつでも張り付いてくる不安を相手にするくらいなら、死んじゃったほうが楽でカッコいいのだ。

 

ここで漫画『へルタースケルター』を紹介したい。

上京した女が不安に押しつぶされてすべてを壊し、引き換えに精神の安定を得た漫画としてだ。

 

1996年に完結した『へルタースケルター』は、全身整形してスターダムにのし上がった女性が地方から上京してきた醜い女であることが知れ、人生ごと堕ちていくスキャンダラスで退廃的なファンタジーである。

『へルタースケルター』は主人公りりこがすでに整形を完了し、タレントとしての絶頂時からスタートする。

りりこは美しい。しかしタレントとしての実力がない。整形の美しさは薬がないと崩れていく。

そのためいつでもスターダムを追われる不安を抱え、薬やセックス、マネージャーとの支配関係に依存してなんとか自我を保っている。

 

まだバブルの残り香のあった時代で、カネと虚像の世界の華やかな毒々しさと空虚なロマンがある。

 

りりこは破滅的で、それゆえ魅力的である。

 

全身整形の後遺症で常に全身への痛みを訴え、薬物依存でろくに食事も摂らない。

薬に浸り人間関係をさんざんに破壊し、スキャンダルでいよいよ差し迫ったら自らの片目を抉り出して日本から逃亡。最後にはメキシコでフリークスショウ(奇怪な人間や動物の見世物)に出演している。

 

スターダムでは人々の美への願望を映す空っぽの人形(象徴=アイドル)として、メキシコではもはや人であることを忘れた美しい怪物として、りりこは生まれも育ちも、未来も捨てる。

 

世俗から離れたりりこに怖いものはない。『へルタースケルター』は人ならざる者になったりりこが自我を失ったような、蠱惑的なような笑みを浮かべて幕が下りる。

 

物理的に言って、薬物に侵されたりりこはこの後死ぬだろう。

社会的にも死んだも同然だ。

しかし死ぬことは、もう不安に煩わされないことだ。

りりこは自らの体を含め、関わった者を手ひどく傷つけるほどスターダムに執着したけれど、すべてを失えばそれで終わり。もう怖いことなどない。

 

 

さて、それでは現代モノの漫画『まじめな会社員』の話に戻る。

『まじめな会社員』では、一気呵成に死んでしまうことは許されていない。

 

「安定した地元でのパート勤めを捨て、ライターとして再度上京する」ことを選んだあみこは、この後もずっと不安と共に生きることになることが予想される。

 

あみこがこの後華やかな成功を成し遂げるとは思えない。(あみこに突出した能力がないことは22話中で何回も何回も繰り返し描かれている)

 

とはいえ決意を固めたあみこがなんらかの自己実現をしそうな予感もある。

 

このどっちつかずの結末はつまり『まじめな会社員』本編の不安が継続していると言える。

 

不安と日常的に付き合うことは、耐え難いほど恐ろしい。

 

『へルタースケルター』のりりこが耐えられずクスリに頼ったり、ストレスから人間関係を破壊するほどには恐ろしい。忘れさせてほしい、この辛さと向き合うくらいなら壊れたい、逃げたいと願い、人ならざる者になってようやく微笑むことができるほどには恐ろしい。

 

そういった破滅的な欲望をあみこは持たない。人間関係も細々と維持し、確約のない不安な毎日を送る。老後のことも考える。

 

明日も、明後日も、きっと目を覚ました時に不安を思い出す。

 

それは恐ろしいことであるのに、あみこはそれを引き受けた。

「不安と共に生きていく決意をしたこと」

耐え難い苦痛を伴う運命を引き受けたこと、これがあみこがヒーローであると思う理由だ。

 

 

・結論~不安を引き受け、自分を救うヒーロー

 

(敬語に戻ります)

 

このエントリーでは以下から『まじめな会社員』のあみこが強いな・・・と思う理由をお伝えしました。

  • 『まじめな会社員』の、不安の具体例
  • 『へルタースケルター』の不安への恐怖と比較して『まじめな会社員』が不安と共生を選んだ強さ

 

 

『へルタースケルター』のりりこがヒトであることを捨てて自らの気持ちを救ったのに対し、あみこは不安を引き受け、揺れ動くコンプレックスからせめて自己決定の誇りを以て自分を救ったのだと思っています。

 

あみこがこの後成功するかは誰にもわかりません。

しかし、あみこが自分の行動を自分で決めたことだけは誇れる事実であり、その誇りが自分を救うのです。

ヒーローが誰かを救うことを目的とするなら、あみこは自分自身のヒーローです。

自分を救うヒーロー、憧れません?