『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』
原作/宮崎 克 作画/魚戸おさむ
協力/赤木雅子/相澤冬樹
愛する夫の真実を知りたいと願う女性の物語
平凡な夫婦の幸せは、なぜ壊されなければならなかったのか?国有地が不当な価格で売却された事件の渦中で、関係者の名を隠蔽するために公文書の改ざんを命じられた近畿財務局職員・赤木トシオ。
その妻、マサコが「夫の死の真実を知る」ために国と闘うことを決意するまで、そして現在の迷い、怒り、葛藤とは――!?夫の真実を知りたいと願う、一人の女性の物語。
そして、愛する人の喪失に向き合う、すべての人に贈る物語――小学館 https://www.shogakukan.co.jp/books/09861315より引用(閲覧日時2023/1/4 10:10)
幾通りにも読むことのできるマンガである。
現実に起きた日本の【自死事件】のマンガとしても、
現実の日本の【政治の汚職事件と関与が強く疑われる事件】のマンガとしても、
自死を取り巻く【官僚や政治機関の対応】を、自死遺族からヒアリングして再構築したマンガとも読める。
巻末には現実の公文書改ざん問題を文春でスクープした相澤冬樹氏の「”改ざん”ってなにがあかんの?」という口語体のコラムも掲載している。
コラム中、「漫画の中の改ざん問題」について解説をしているが、例として現実の改ざん問題も踏まえており、現実の問題を考える上でも非常に有意な知識に思われる。
しかしながら、この作品はルポルタージュではない。
ルポルタージュ漫画であれば、自死当事者の赤木俊夫氏にフォーカスすることもできる。
この作品は『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』であり、主人公は自死遺族の妻、赤木雅子氏がモデルの「マサコちゃん」である。
私もそれに従い、このマンガを「自死遺族の漫画」、それも「社会的注目度の高い自死事件の遺族漫画」として読んでみたい。
物語は、「マサコちゃん」が「トッちゃん」の思い出を語るところから始まる。
魚戸おさむ氏の朴訥であたたかな絵で、トッちゃんとの思い出が語られる。
お互いの仕事帰り、バスでたまたま会って、それが考えてみたら初めてだったもので、そして夕日がきれいだったもので、
それを覚えている。
もう自死してしまった人との思い出。
「平凡ですか」と「マサコちゃん」は問う。
「平凡でよかったんです」と「マサコちゃん」は言う。
政治的勢力とか、宗教右派とか、巨額の国有地売却とか、
そういう話じゃなくて、ひとりの、夫を亡くした妻の願いがこぼれ出る。
日本経済新聞の発表によれば、2018年の日本の自死者は2万598人※1だったそうだ。
2万598人に家族がいれば、悲しみの量は増えていく。
そんな自死遺族のひとり「マサコちゃん」を、「政治の都合」で追い詰める公務員たち。
夫が亡くなった直後に家にやってきて遺書を撮影しておきながら「遺書を持ってはいきません、ここに残しました」と予防線を張る公務員。
「マスコミに言うと大変なことになるぞ」と婉曲な脅迫をする公務員。
「大臣に墓参りに来てほしい」というマサコちゃんの願いを無視どころか、「遺族が墓参りに来てほしくないと言った」と広報に乗せた公務員。
「マサコちゃん」は社会的注目度の高い事件の自死遺族である。
しかしながら、それ以前にひとりの国民であり、2万598人の自死者の遺族のひとりであり、本来なら公務員が守るべき人間である。
奇しくも、自死した夫、「トッちゃん」は「私の雇用主は日本国民なんですよ」と言っている。
公務員として国民を雇用主と考える者が自死し、
公務員なのに国民を痛めつける者が生き残っている。
公務員の自死。
前者は物理的に死に、後者は公務員として死んでいる。
この国の公務員は、政治によって自ら死んでいっている。
社会的注目度の高い自死遺族の目を通した漫画からは、政治に追い詰められ死んだり、政治の都合で国民を痛めつける、機能していない公務員像が浮かび上がった。
もちろん、現実のすべての公務員がそうと言うわけではない。『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』の中の公務員である。
しかし、「マサコちゃん」は信頼して心を開いた、夫の職場の所長から騙された時、「私・・・いったい誰を信じたらええの!?」とつぶやく。
現実の問題で言えば、政治的ヤジの排除、留置所での「いたずらだった」という死亡事故、渋谷区の野宿者の排除。
一部の公務員はもはや、国民や憲法に敵対していると言っていい。
一方で真摯に公務を執行する真面目な公務員は、それこそ過労死ラインまで働き、人として死にかけている。
「私・・・いったい誰を信じたらええの!?」は、自死遺族の声を飛び越え、現代の日本で暮らす私たち全員が絶望とともに漏らす声として共感できる。
公務員が自死した理由は「政治のせい」である。
「トッちゃん」が自死したのも、作中に登場する公務員たちが国民を痛めつけるのも、すべては政治の方向性の問題である。
私たち国民の味方であった、公務員に生き返ってほしい。
私のイメージでは、公務員とはイノベーションや革新性を持つ職業ではなく、生活の不備や困りごとを解消してくれる人たちだ。
「平凡でよかったんです」、
私は公務員に生き返ってほしい。公務員は、政治に殺されている。
しかし、政治の圧力に負けずに作品協力をした赤木雅子さんのもとに、赤木俊夫氏はもう帰ってこない。
政治の質の向上に結果的に関与することがあったとしても、「マサコちゃん」と「トッちゃん」が再会することはあり得ない。もう夕日は見られない。
だからこそ、次の「マサコちゃん」と「トッちゃん」を生まないために、この作品を忘れない。
公務員と私たち国民を死で別つな。公務員だって、ひとりの国民に違いないのに。
※1
参照
自殺者18年は2万人、減少続く、未成年は増加
(閲覧日時2023/1/4 10:30)