本日は漫画『君と宇宙を歩くために』の感想を書こうと思いまして!!
今日連載開始になったマンガでして・・・連載1話目で感想を書くのも全体の方向性が定まっていないだろうにアレなのですが、いやあ・・・自分の身にいろんな方向からセンシティブだったので書かざるを得ない!良い漫画をありがとうございます!!
この漫画はたくさんの、特に10代入ったくらいの人に読んでもらいたいですね。なにか気づきを得る人も多いと思うんですよ。
なお、今回は発達障害、発達遅延などに触れます。私自身当事者ではありますが、医療的な知識に関しては専門家でないことをあらかじめご了承ください。
私がやるのは漫画の読み解きだけです。現実と文化の交わるところにある可能性を取り出してみようと思います。
また、物語の内容にも大きく触れます。もし先入観なく読みたいと言う事であれば、2023年8月号のアフタヌーン、あるいは掲載媒体『&ソファ』を読んでからご覧ください。
↓『&ソファ』掲載ページ
ではではどうぞ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は、今月末でクビになる。
理由はいつも通りはっきり言われていない。
ただ、人生で何度も聞いた言葉はたくさん聞いたので、いつも通りのそういう事だろうと思っている。
「あなたならできると思っています」。
『君と宇宙を歩くために』は、月刊アフタヌーン2023年8月号(講談社)に出張掲載された漫画である。
作者は泥ノ田犬彦。四季賞準入選歴あり。今回が連載デビューである。
アフタヌーンでの連載はあくまで出張掲載であり、6/26以降は講談社のWeb媒体「&ソファ」にて連載されるとのこと。
『君と宇宙を歩くために』はある男子校に転校生が来るところから始まる。
転校生の名前は宇野啓介(ウノケイスケ)。異様な大声と常に携帯している小さなノート、独り言。挙動不審。
席割りで前後になってしまったのは、ヤンキー小林大和(コバヤシヤマト)。当然、宇野のことをいぶかしんでいる。
しかし、小林は宇野と話すうち、自らの「特性」に気づき始める。
宇野は人から立て続けに話しかけられると硬直してしまうし、ノートを失くすと取り乱すし、「わからないことがある時は一人で宇宙に浮いているみたい」と言う。
小林はそれに共感するのだ。「俺もバイト先でいつもそんな気分になる」と。
素人見立てではあるが、宇野はアスペルガー症候群であると想像する。こだわりが強く、イレギュラーにパニックを起こしてしまい、マニュアル(ノート)で自らを律している。
そして「俺もバイト先でいつもそんな気分になる」小林は、「2ケタの割り算が分からず」、いくつかの作業が重なるとひとつが抜けてしまう。
小林もまた、発達に難を抱えたキャラクター・・・特定のジャンルの学習ができなかったりマルチタスクができないADHDであると推測する。
ここでADHDである私の話をする。
私は言語の発達したタイプで、文系の大学で苦労することはない。先日、吉本隆明の評論に近年の批評理論を以て反論するというレポートを提出し、意欲的な試みとして評価された。
しかし反面、算数ができない。
学生時代、算数の時間は全て寝て過ごした。理解ができなかったからだ(これも『君と宇宙を歩くために』の小林と一緒だ)。今、小学生用の、算数のドリルを少しづつ進めている。しかし、分数の掛け算がどうしても理解ができない。理解ができないから機械的に計算をする、理解していないから応用は全く効かない。
だから私は、仕事をよく変える。
そりゃあ、私だってそう思う。昭和の思想家の本が読めて分数ができないわけがない。クリエィティブな仕事を期待したい。しかし「できない」のだ。単純な時間計算や予測数値を出すことができない。手順書に落とせる性質以外の計算は基本的に間違う。過大な期待をかけられていることに気づくと、それは難しいと伝えるようにはしている。しかし理解されたことはない。
彼、彼女らは一様に言う。
「あなたならできると思ったのに」「この程度のことがなぜできないんですか」。
これが連呼される頃、それは辞めるか、辞めさせられるかの瀬戸際に来ている。今回はクビになった。
『君と宇宙を歩くために』でも、小林がバイトをよく変えることが明示されている。その理由は作中でも明らかだ、ミスが多すぎるのだ。
しかし小林は非常に明るいし、コミュニケーション能力も高い。会話も年相応で、なんら問題がある「ように見えない」。
だからこそ小林はバイトを変えるのだ。小林がミスを多発する原因として定型発達者が想定できるのが「やる気がない」であり、それは「治せる」ものだからだ。小林はそれを治すことができない。就労の継続は、できない。
小林は親友の朔(サク)に告白をする。
小学校の頃にはすでに2ケタの割り算が分からなかった。「バカ」って思われるのがイヤで、真面目に授業を受けるのが怖くなった
と。
その気持ちが、私には痛いほど分かる。
私は小林よりもはるかに年長であるが、ずっとずっと私も背負い続けてきた。バカだと思われたくなくて能う限り賢しらなことを言い、同等の計算能力もあるものと思われて期待されてしまう。しかし期待に応えることはできない。
ただ、そんな人間が生きていけないか?と言われれば、そんなことは決してない。
『君と宇宙を歩くために』作中で、どうしてもミスの出る小林のためにバイト先でマニュアル(手順書)を作るくだりがある。これにより小林は誤ることなく作業を進められ、自信をつける。
これはフールプルーフ・・・「人がミスをしようとしてもできないようにする工夫」として、何らかの作業を共有する時に非常に有効な工夫だ。実際、『君と宇宙を歩くために』の中でも、小林以外の従業員のヒューマンエラー予防に利用できると評価されている。
数字や手順の混乱が起こらない工夫があれば、発達障害であること関係なく通常の人員と等しく同じ結果を返せる。そう、小林や私など、発達障害者に必要なのは「工夫」である。
少し、別な漫画の話を挟む。
2020年に発表された『夢の端々』という漫画がある。
戦後昭和の2人の女性の人生を逆再生で見ていく漫画で、美しくも儚い漫画体験のできる作品だ。
この中で、想い人を残して結婚するという下りがある。その理由こそが「仕事ができない」なのだ。
このいちシーンでは症状について何か言う事はできない。ひどく過酷な昭和の女性の労働環境のせいとも取れるし、小林と同じような状態にもとれるが明言はできない。ただ結果として「周りの人もまたかとあきれてます。私もどんどん自分に自信がなくなってきました。学生時代はこんなことなかったのに 社会に出て初めて自分の欠陥に気づいたのです。」という吐露は、『君と宇宙を歩くために』で業務が困難な小林にも通用する気持ちだろう。
小林は自分で作ったマニュアルで仕事を行った際、「休憩に行くのが怖くない 休憩から帰るのが怖くない」と言っている。これは「休憩に入っている間にミスが発覚して恐ろしいことになっている」という事態が何回もあり、休憩という時間に不安がふくらむのだろう、と推測する。少なくとも私はそうだ。
自分の作業のミスにひどい申し訳なさを抱えているのは、誰よりも発達障害者自身である。
『夢の端々』では、就労からこぼれた昭和期の女性が、女性として社会で生きていくための選択・・・結婚をする。本当はそれは望んだ道ではないのに。
『君と宇宙を歩くために』でも、小林は就労継続に自信を失くし、怪しげなバイトに揺らぐ。今、社会をにぎわせている「闇バイト」にも近いような、そこに陥ってしまったらもう戻れないような、就労からこぼれた者の闇の道だ。
しかし小林は宇野と出会い、宇野が行っている工夫・・・ノートにルーティンを明記し、守るべき心がけを宣言する行動のマニュアル化、宇野の言うところ「テザー(宇宙飛行士の命綱)」を見て、自分にもそれができるのではないか?と気づく。
『君と宇宙を歩くために』は、この作品そのものが「小林に対しての宇野」だ。
私のような発達障害者が抱える困難のパターンに気づき、「工夫」という生存の可能性を提示する光への道筋だ。
私たちは自分がなぜこんなにも、宇宙に放り出されたかのように不安なのか説明ができない。その理由を明らかにし、手繰り寄せ、工夫をするきっかけになる。
そのために『君と宇宙を歩くために』はたくさんの・・・できれば10代にも読まれてほしいと思う。今、宇宙に放り出されているたくさんの人たち。あなたたちは、適切な命綱さえあれば、宇宙であることは変わらないにしろ歩くことができる。
『夢の端々』では、想い人と永い時間はなれることになったし、私は目下、何回目か分からない転職をしなければならない。
しかし『君と宇宙を歩くために』はまだ始まったばかりだ。アスペルガーの宇野と、ADHDの小林の友情は、そもそも個性が真逆なので波乱に満ちているだろう。
それでも、彼らはテザー(命綱)を持っている。テザーを作ることを知っている。工夫をしてこの不安な宇宙を歩こうという意志に満ちている。意志と工夫を持った者が、未開の地を踏破できるのが科学である。
相互に異なるやり方で各々が、時に寄り添い歩く宇宙の道。その道のりを楽しみに見守りたい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いやー、クビになったことが供養になった(就活サイトに登録しながら)!
でも実際どうなんですかねえ。
経済省が出してる
「令和3年度産業経済研究委託費イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査 調査結果レポート 」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/neurodiversity/neurodiversityreport2021.pdf
とかだと、発達障害傾向者のIT活用はかなり期待されているように見えます。実際、人なんてものは使い方次第でいろいろオカネを稼げるのだから、工夫があれば働けるならそれでいーじゃん、って思ったりね。人口もこれからじゃんじゃん減ってくし。
ま、マクロな話は置いとくにせよ、当事者の人にはこういう発達障害者の適応の漫画に触れて、「自分マニュアル作ってみようかな?」という工夫で自分を活用するのはめっちゃ人生が楽になるだろうなって思います(私も10年くらい前からやってる)。
また、『君と宇宙を歩くために』は、定型発達の方にも読んでもらいたいです。「一緒に働いている人、ひょっとして・・・?」と思ったとき、たった一枚のマニュアルで職場環境が劇的に変わるかもしれない。そんな可能性を示す漫画で。それってすばらーしく楽ですよね。
もちろん、ASDの宇野くんのことも気になります。でも、定型発達(かな?)の小林くんの友達、朔とのやりとりなんかも注目です。この世は、定型発達も非定型発達も同じインフラ上で暮らしているので。
ただし、漫画は漫画であり、この漫画のことをきっかけにきちんとした知識を得るべきです。みんながみんな宇野くんでも、小林くんでもないので。発達はグラデーションです。その人それぞれに個性があります。でも、「そういう人がいる」ことも分からない人もいる(それは当事者・非当事者ともども仕方のないことです)と思うので、ぜひこの漫画をきっかけに調べてもらいたいなあと思います。
私たちに相互理解を。そして、全員に楽な社会を。そのきっかけとなる漫画として。