新年あけましておめでとうございます。マンガ感想ウォッチャー、中山です。
昨年もたくさん漫画を読みました。それに伴い、昨年読んだ中で印象に残った10作+10のマンガを厳選、すべてに書評を付けてみました。
2023年も面白いマンガがとてもたくさんあったのですが、そこからギャグ、政治、個人的興味・・・などのエモーションで10作に絞ってます。さらに同じエモーションで「関連するレコメンド漫画」も含め、合計20作品の紹介です。
レコメンド作品も含め、500〜1000文字くらいの書評をつけております。冬休み、面白い漫画を探している方、文字を浴びるほど読みたい方にぜひどうぞ。
- 私の個人的興味、発達障害関連のマンガ
- 今知るべき、ジャーナリズムのマンガ
- NO WAR!反戦のマンガ
- ディスイズ!少年マンガ
- 心よ少年に戻れ!プリミティブギャグマンガ
- 向き合いたい、社会批判を含むマンガ
- 実験と哲学。創作の可能性を拓くマンガ
- 社会にアプローチ。役に「立ってしまう」マンガ
- 思想を込めろッ。社会評論に至るマンガ
- 脳みそをかき回せ!価値観を逆転するifのSFマンガ
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私の個人的興味、発達障害関連のマンガ
『君と宇宙を歩くために』
発達障害者支援法が制定されたのが2004年小泉政権下。
それまでの発達障害者に名前はなく、ただただ、自分と物理法則の異なる宇宙を歩くような心持ちだった。
いや、別にマンガ自体はこんな導入ではないです。でも私が、発達障害者として1990年代をこどもとして生きた私の脳裏にぽ~んと浮かんできました。
発達障害の当事者研究書籍に『みんな水の中』という書籍があるのですが、「宇宙」「水の中」など、そもそも存在する世界の物理と自分の感覚に違和がある・・・とい、すごく納得できることば選びです。
たぶんASDの宇野くん、たぶんADHDでLDの小林くん(診断のない時代なので正確なことはわかりませんし作中で症状名は出てきません)。でも、彼らのつらさや他人と違うことの不安な気持ちに痛いほど共鳴しました。私自身が、小林くんと極めて近い症状なので。
こんなに神経系障害であることに真っ向から向かい合ってくれた作品は初めてだったなあと思います。
物語はそんな彼らの友情の育み方がメインテーマです。どうでしょう、発達障害の方以外でもおもしろいと思いますよ。ぜんぜん違う二人が友達になるって、それめっちゃドラマじゃないですか?発達障害者は今、10人にひとりの割合といわれています。その人たちにはスパッと刺さるし、そうでなくても青春の人間関係の育ち方は甘酸っぱい気持ちになると思いますヨ。
まとまった感想文も書いているのでどうぞ↓
レコメンド『発達障害な私たち』
発達障害当事者マンガクリエイター&編集者プレゼンツ、発達障害パーソンインタビューレポ漫画!
「社会にいる発達障害者」にスポットを当てた本作。社会に出て働いている人やクリエイターとして活躍する人を対象に話を聞いて、その多様な「現象」に首がもげるほど頷く漫画。
「社会に適応できている発達障害の人」が対象なので、これもまた一例に過ぎないと踏まえた方が良いと思います。が、そのように対象を限定してもあふれ出てくる困りごとの多さ&多彩さ。その正否をジャッジせず、面白みを取り出して紹介できるのは当事者コンビがクリエイターであることが大きいと思います。
どうぞ覗いていってくださいおれたち神経系障害者の世界!神経系障害者の方は私と同じようにもげるほどヘドバンしてください!
今知るべき、ジャーナリズムのマンガ
『まんが パレスチナ問題』
今年はイスラエルによるガザ侵攻が激化した年でした。しかし中東問題はよくわからない・・・ということで「まんが」を冠するこちらの書籍を。
仕様としてはユダヤの少年、ニッシムとパレスチナの少年、アリ、そしてファシリテーター「ねこ」の三者が膨大なテキストで振り返る数千年の中東の歴史。
テキストの合間に理解を促すためのイラストを添えてある、という様式であって、いわゆるコマを割って構成されたマンガ、ではないです。しかしそのわかりやすさとかみ砕き方、1ページ~2ページ毎でひとまとまりの話題としてテンポよく進む構成は、マンガ読みには割となじむものじゃないかな・・・と思います。日本のマンガもページ毎にまとまっている(ないしは「まとまっていることを前提に外す」など)ものなので。
中東の歴史をざっと学ぶのに最適だし、ニッシムとアリ、本来友好的なふたりが政治的な理由で時折口論に至るのは、小さなパレスチナ情勢でとても悲しくなります。
多角的に知識は得るべきですが、まずは入門書として良書でした。続編の『続 まんが パレスチナ問題』もぜひ併せて読まれたし。
レコメンド『MATUMOTO』
フランスの出版社の、いわゆるバンド・デシネ。日本に起こった世界史上でも最悪の公共機関(地下鉄)でのバイオテロ、地下鉄サリン事件・・・及びそれを起こした宗教団体を、ひとりの青年の視点で描く。
海外のマンガのジャーナリズムは本当にすごいと思って、他にも原爆を扱ったアメリカンコミックスなどもありますネ。
一冊400円~700円程度のポップアートである日本のマンガと一冊1000円を軽く越える海外のマンガ(このマンガはKindleで2000円越え)を同ジャンルとしてみることはちょっと違うかな・・・と思いますが、だとしてもこの表現、ジャーナリズムが本場日本で出てこないのはややモヤモヤします。
リアルに寄った絵柄とクラクラするような邪悪、最初は笑っていたのに取り込まれていく青年。巻末の取材メモも含めて読み応えのあるマンガです。
NO WAR!反戦のマンガ
『はだしのゲン』
これは「私が手に入れたのが今年だった」というセレクト。反戦マンガの普及の名作です。
小学生のゲンは、大好きな家族と楽しく暮らしていた。平凡な小学生だった彼の全てを変えたのは、時代が第二次世界大戦中だったこと、そして広島に住んでいたこと。
強い反戦メッセージは各国で戦争が激化している今まさに見るべきマンガなのですが、マンガ読みとしてその内容にも触れていきます。面白いんですヨ。なんせゲンがクッソガキなので!
クソガキ、面白いでしょ?もの盗んだり嘘ついたりって、悪いことだけどそれはスカッとするじゃないですか。ゲンがターゲットにするのは大人です。ゲンがクソガキ力(りき)を発揮するのは生きるためです。クソ医者に怒ってウンコをぶつけて、アメリカ進駐軍の倉庫に忍び込んで食べ物をちょろまかします。泣いているお母さんやおなかを減らした年下の子の代わりに。クソガキヒーローです。
でも、少年マンガって本来そういうものだったはずじゃないですか。みんなに絶対的に降りかかった悲劇、それなのにみんなを搾取する悪い権力者に対し、道徳や規範を一時的に踏み越え、暴力的な方法で権力者に一泡ふかす。これが庶民が読むマンガじゃなくてなんでしょう。
いかんせん絵柄とギャグが古いので(そりゃあ否定しませんよ)ポップアートとして現代に通用するかと言われれば強要はできません。でもこのテイストからしかこの味はしません。原液そのまま、プリミティブなクソガキヒーロー活劇をお楽しみください。
レコメンド『ペリリュー 外伝2』
第二次世界大戦中、パラオ諸島の孤島ペリリュー島にて、アメリカ軍と日本軍が戦闘を繰り広げていた。兵士田丸はその当時、アメリカ兵はもとより、飢餓、病魔、不衛生、そして日本兵同士の仲間割れをかいくぐって生き残る道を模索した。現実の生存者への取材も含む、濃密な取材と監修で無事完結した本編のアナザーストーリーを描く外伝。
ペリリュー本編は生き延びた兵士・田丸の視点で進むお話ですが、なんなら外伝の方が本筋と言っていいのかもしれない。生き残れなかった人や敵兵であるアメリカ兵の視点から描かれるペリリューの風景。戦争って、でも、そうじゃないですか。その土地に生きた人が全員巻き込まれますよね。
そして外伝2で描かれる、トランスジェンダーと思われるキャラクター。男性の役割を引き受けることができないし、恋をする対象も男性だった。彼女と言っていいのかわからない。そこまでの心情描写がされる前に死んでしまった。他のほとんどのキャラクターと同じように。
戦争は個人の都合を全て踏みつぶす。個人にはすべてに異なる特性があるのに、そんな当たり前の権利を全てなぎ倒す。こんなもの、絶対に困ります。
ディスイズ!少年マンガ
『ダンダダン』
オカルト!バトル!ちょっとラブ!ジャンプラが誇るザ・少年マンガ!!
プリミティブな漫画なのであらすじが短い・・・でもそれでいいんです。今、週間連載の日本マンガとして最高峰レベルの画力で魅せる!!
私は性根が少年マンガ読みでしてね・・・「悲しい!?負けるな!ブン殴れ!!」というう3つのステップで構成された話は大好きです。加えて休載もせず惜しげなく街破壊をする豪華な作画・・・!大丈夫ですかたまには休んでくださいね!?
お話は襲い来るオカルト妖怪と仕方なしにバトルする・・・火の粉を払うタイプの戦いなのですが、襲いかかってくる妖怪の「理由」、悲しみの表現がいちいち厚い。
女性の貧困や前時代の排外主義、ヤングケアラー、トー横キッズを想起させるこどもたちの共同生活など、時代をとらえた共感を美しい描写力で表現します。
その悲しみが取材と現実を鋭くとらえたものだ・・・とまでは言いません。でも、少年マンガの役割ってそのくらいのものだったと思います。大人はすぐにわかるけどこどもにはわからない絵が描いてあって、これなんだろう、調べてみよう、、あるいは大きくなってから理解するとか。2023年8月ごろには80年前の東京の空襲を悲しみの起源とする妖怪が出てきて、こういうことを少しこども心にとどめておいてもらえたらいいのかなって。
少年マンガが戦争の怖さすら描かなくなって久しく、集英社のめちゃくちゃ売れている媒体の最高峰の表現でこういうアプローチがあること、すごくうれしく思います。あと、絵がすごすぎて最近はオノマトペ(擬音)も放棄してる。このマンガ、今の週間連載のトップクラスの漫画だと思うぜ!
レコメンド『黒博物館 怪物よ三日月と踊れ』
『うしおととら』『からくりサーカス』の藤田和日郎、雑誌『モーニング』でフェミニズムを描く・・・!
舞台は19世紀。フランケンシュタインを著したゴシック小説家メアリー・シェリーが、過去のある事件を語り始める。それは醜い風貌の田舎娘が、踊るような剣技で悪の意志を打ち砕く話。そして、メアリー自体の自立の軌跡。
メアリー・シェリーの母親はフェミニズムの先駆者と呼ばれるメアリー・ウルストンクラフト。19世紀ゴシック小説界という女性に少しづつ開かれた社会に、それでも男性からの抑圧がある様子を真っ向から描きます。
『うしおととら』はサア・・・中学生で不登校児だった私が「なにか迷ったら「うしおはどうするか」で判断する」という行動を取ったほどに頼るべき(信仰もなにもない私はマンガのキャラクターにしか頼れなかった)存在として心に今も在るんだけど、作者が30年の時を経てフェミニズムを描いてくれるとはさあ・・・ファンでよかったヨウ・・・。
実際、やっていることはうしおととらの頃と変わらないと言うか、とにかく「悪者はこっちで倒す!だから自分の問題には【おまえ自身が立ち向かえッ】!!」というメッセージがビンビン伝わってきます。
藤田マンガのお約束の妖怪やモノノケの類はいったん封印。舞踊の振り付け師に考案してもらった剣舞でのバトル、そしてメアリーシェリーの「自分の権利」を勝ち取る戦い。少年!マンガだッ!!
ショートな感想も書いています↓
心よ少年に戻れ!プリミティブギャグマンガ
『ハンサムマストダイ』
ハンサムでなければ死あるのみ!!超人気男性アイドル、涼が死んだ。涼のガチファン、悠里は涼の死の理由・・・ハンサムガイズにつけられたハンサムチョーカー、ハンサムに反する行動を取ったハンサムを支配しアンニュイなハンサム顔しかできなくさせる非道なメカ「ハンサムダビデ像」を破壊するためヤングハンサムアカデミーに挑む!すべてのハンサムを救え!ってか何回「ハンサム」って言ってんだ!ハンサムギャグ爆誕ッ!!
なにを言ってるのかわからねえと思うが・・・というまくらことばが毎回つく、ハッチャメチャのギャグマンガ。2023年へようこそ!時代が変わってもへんてこギャグは生まれるんだね!!
物語のラインとしては男性アイドル事務所に潜り込んだドルオタ女子がハンサム試練にチャレンジし、幾多のハンサムとハンサムバトルを・・・ってもういいって!言葉遣いから発想、展開まで小3がノートに描くエモーションで最高に満足。
という罪なきアホギャグですが、今年はなにせ日本最大の男性アイドル事務所における歴史的な性加害事件が明るみに出た年でもあり、なんてタイミングだヨ・・・と頭を抱えるも、本作は爽やかで真っ当でアツいメッセージで完結しました。現実もこうだったら良かったのにな・・・。
また男装女子モノとカテゴライズしていいのですが、その辺のエッチハプニングはありません(あったけどギャグだった)。一度女の子であることがバレてエロい攻撃をされたときには「バカにすんな!気持ち悪いんだよバカが!!」とブン殴ります。現実もこうだったら・・・(ため息)
レコメンド『女甲冑騎士さんとぼく』
矮小!インターネッタラーギャグ!!
ルームシェアをしていた先輩がいなくなったので、オタクサラリーマンのぼくは「女甲冑騎士さん」とルームシェアをすることになった。甲冑騎士は歴史上の役割を終えたので日本で下宿している事が多くて、だからそういうことになった。これ以上説明できない。千駄ヶ谷を舞台に、高貴な女甲冑騎士さんと精神の半分をインターネットに持ってかれてるぼくの暮らしのアーバンファンタジー。
なにがアーバンファンタジーだ(公式に書いてある)。この作品、「女甲冑騎士」というそのまま丸ごとのペルソナ(中身は絶対に顔を見せない、というかたぶんあの甲冑が顔なんだと思う)、Twitterの中でもかなり矮小な部類に入る「ぼく」のインターネッタラーの共感羞恥、そして枠の外のアオリ(枠の外に書いてある、編集者とかが入れる合いの手のテキスト)芸といい、珍妙な味わいにあふれる逸品。
作者のツナミノユウ氏は以前も「度を超したぽっちゃりセクシーの堕落したインド女神のジャージな毎日」というマンガ(なんて?)等手がけており、ダーツを投げたら的を外れて隣のビルの爆破スイッチに刺さりました~!みたいな意外性がある。書いといて悪いけど今の例え、たぶん全然クリティカルじゃない。
「ぼく」の醸すしょーもないインターネットオタク(=なんのオタクでもないSNSにダラダラいる奴)の解像度は出色。SNSでいいねを獲得したい卑近な気持ちに自己批判せよッ
向き合いたい、社会批判を含むマンガ
『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』
大好きな夫だった。仕事帰りに見た夕日がきれいだった。平凡すぎるでしょうか。でも、それが良かったんです。
自死をした夫、彼の死の理由の鬱の原因が知りたい。その思いは、ふつうの主婦には手の届かない理由で黙殺された。だから裁判をすることにした。相手は国家、歴史的な公文書改竄問題に巻き込まれたひとりの自死遺族の戦い。
この作品の前書きにはこうあります。「この漫画作品はフィクションであり、実在の人物や団体と関係ありませんが、実在する人の願い、祈りには大きく関係しています」と。
この漫画は現実とリンクしている部分はあります。この漫画がモデルとしている裁判の結果はいまだに決着していません。この漫画も3巻で完結しましたが、漫画の結末は苦いモノでした。さらになぜかアマゾンでは紙の本が欠品(2023年12月30日現在)。途中の連載停止など含め、困難の多い作品でした。
しかし、この作品にはコードが振られました。ISBNコード978ー4-09ー862517-8です。これはもう消せないです。その視点に偏りがあったとしても、明かされていない事実があったとしても、この裁判があったことは、このISBNコードの名の下にいつでも思い返すことができます。
やや観念的な話になって申し訳ない。漫画としては、特に魚戸オサム氏の的確な画力と表現力を高く評価します。口下や背中でも「あの大臣だな」と分かる画力、疑惑に満ちたパーティーシーンをあえて画質を落としてイメージとして見せる表現力、3巻における「あの人」の似顔絵の的確さと、小道具としての「あのマスク」の皮肉なチョイス。
コロナ下である世相を反映し、法廷シーンは全員がマスクを付けています。声を上げることを封じられたマサコちゃんのようでもあり、黙秘で逃げようとする関係者が口を開かない様子のようでもあり。
本作については2件の評論を書いていますのでご興味あればどうぞ
レコメンド『まんがで分かるまんがの歴史』
柳田國男直系の民俗学者であり、プロパガンダ研究者であり、現役のマンガ原作者である大塚英志が放つ「まんがの歴史」は古くは江戸時代も含む豊富な史料を用いた事実に立脚する漫画史。
作画はひらりん氏。膨大な参考史料引用と大塚英二氏の解説を非常にキレイな線のマンガ様式で読める、めちゃくちゃ勉強になる講義漫画です。
ミッキーマウスから始める記号論、キャラクターのパーツ論などの構成要素、戦前の著作権の在り方、戦争が与えたまんが創作への影響。手塚以後のまんがの世界。
まんがの歴史を真摯に見つめたとき、それは必然的に権力批判となります。しかしそれと同時に大塚氏は語り掛けます。
表現する人間は、政治や社会や現実の歴史に無知であってはいけないと。
その表現がどのような経緯で生まれ、そしてどのような経緯で消えていったのか。変わっていったのか。その歴史が今のまんがムーブメントを作っています。漫画読みとして心したいし・・・・・・・知った方が面白いじゃあないですか?
実験と哲学。創作の可能性を拓くマンガ
『ザ・キンクス』
それは笑いの哲学。とある平和なファミリーが紡ぐ日常は、笑いの多角的な実験場。悩みながら笑う、そんな夜もある。
『GOLDEN LUCKY』、『えの素』などのシュールギャグを放つ榎本俊二のある到達点。こちらもお得意のファミリーエッセイの風情を漂わせながら、シュールというには挑戦的なギャグを構築しています。特に「文字」や「書き文字(オノマトペ」のアレンジが多い気がします、言語のお好きな方にもおすすめ。毎回題字が楽しみ!
こんなに刺激的な笑いってすごい。でも舞台はファミリーエッセイ調なので痛々しくもなくて、笑いが痛い必要って必ずしもないんだなーと思い知らされます。
レコメンド『鬱ごはん』
鬱野たけしは孤独な青年。だけど割と幸せだしのんびりやってる。映えもしないし出会いもない。彼のごはんは生活の一部。それが妙に味がする。低体温の4ページ漫画。
鬼才、施川ユウキの飯もの漫画。でもこれを「飯もの」とカテゴライズするのはたぶん違う。
鬱野はいつでもボソボソしていて、特に不平も不満もなく暮らしている一人の男。、、、、の、「食事風景を切り取った漫画」なんだな、と思います。
日本には「飯ものマンガ」というジャンルが確立していて、そのリアクション芸とかはもう研究されて多様なパターンが成立しています。性欲の快楽と重ね合わせてみたり、可愛らしい風情にしてみたり、連帯を表したり。
さらに『孤独のグルメ』『ワカコ酒』などは食事を通して一人の人の食事レポートテキストを展開する様式で、これもまた爆発的に広まりました。
が、鬱ごはんはこれは、「鬱野の日常を描きたいから縛りとして食事風景を切り取った」という、日常を見せるためのツールとしての食・・・なのではないかなと思います。ヒーローでもない、パリピでもない。つまり普通の人の生活を覗く。鬱ごはんは覗き見コンテンツです。楽しい。
社会にアプローチ。役に「立ってしまう」マンガ
『解体屋ゲン』
朝倉ゲンは極小の解体業者社長。しかしその実態は、海外で高等ビル解体技術「爆破解体」を学んだプロフェッショナル!その人的魅力で様々な人を巻き込み、大手ゼネコンから昔気質の棟梁たち、女性従事者や外国人労働者など、建築業界全体の問題に臆すことなく向き合う。
すでに100巻を超えた本作品。ゲンさんのビル爆破はド派手なアトラクションだし、登場する女性キャラクターも景気良く水着になるエンタメ作品です。
一方で、建築の最新技術の紹介や伝統的技術の継承、業界の人的リソース問題、労働問題や賃金についても言及していく社会派作品でもあります。
最近では現実の建築情報系YouTuberや業界の新しい取り組みをしている団体を紹介。「行動するマンガ」と言っていいと思います。
私は当該マンガでアルコール依存症のキャラクターが自助グループに繋がり、酒との距離を取りまた普通に生活をしている様子が描かれていることに感銘を受けました。
私の父はトラック運転手でアルコール依存症を患った人で、辛い生涯を閉じた人でした。ブルーカラー人生を送った父にも手に取りやすい絵柄で描かれたこの知識、生前に彼が見ていたら良かったなあと思います。
がっつりと感想も書いていますのでこちらもどうぞ↓
レコメンド『逢いたくて、島耕作』
モーニングの長期連載、『島耕作』シリーズ。これを熟読し「聖典」と崇めるZ世代サラリーマンが島耕作世界に転生!?島耕作に逢いたい!でも僕は知っている、島耕作世界で非業の死を遂げるモブキャラを。この人たちを救いたい!聖典を改変せずにモブを救え!まさかの島耕作世界転生マンガ。
島耕作世界を知り尽くし、島耕作世界にZ世代らしいツッコミを入れる。これは批評!「批評 島耕作」だッ!
そもそも批評とは一概に批判を示すものではなく、対象に対して深く理解した上で多角的な視点での解釈、考察を加えるもの。現代のリテラシーで視た島耕作世界はワンダーランド!あの時代は許されていた女性の扱いや社内暴力について、深い理解の上で解説し、Z世代の目で感想を述べる。これは批評ッ(またか)
また、1980年代風俗史としても価値ある逸品。「新幹線で煙草スパスパ」「女性に対しての蔑称『クリスマスケーキ』」など、忘却に押しやられようとしているサラリーマン風俗のアーカイブとしても貴重。島ニスト以外にも意義のあるマンガです。(島ニスト、とは島耕作好きに与えられる称号。たぶん私しか言ってない)(なお公式は「島コニスタ」と呼称。たぶん公式しか言ってない)
思想を込めろッ。社会評論に至るマンガ
『逆資本論』
経済マニアが描く!共産主義の原点、カール・マルクスの「資本論」を現代の視点で批評、そして展開する経済思想漫画。
会社経営者でもあり、更にもともと『君のお金はどこに消えたのか』など経済ネタ漫画を描いていた著者が満を持しての著述。・・・というには、作者のブログ(&人気書籍)『中国嫁日記』に登場する奥さん、月(ユエ)さんと息子バオバオと語るエッセイの形式で読みやすいです。
内容はぜひご確認いただきたいのですが、気候変動への警鐘から始まり斉藤幸平『人新世の資本論』の批評、月さんの極めて庶民的、しかし中国の寒村出身という経済感覚のつっこみを交え、強い理想を掲げた結論に達するのは胸アツと言っていいでしょう。 むしろ思想を語る本として「読みやすすぎる」ということが欠点・・・とすら言えるサクサク読めるマルクス現代解釈です。こういう思想の一例がマンガで読めることをとてもうれしく思います。
こちら、長めの感想も書いていますのでどうぞ↓
レコメンド『コムニスムス』
コムニスムス・・・「共産主義」。1975年のカンボジア、つまりクメール・ルージュの占領下のプノンペンが舞台の・・・バトルもの?
ピュリッツァ賞を目指す日本人少年と最強の2歳児がコムニスムスの共同体から繰り出される刺客をなぎ倒す。共産主義への希望と理想が散っていく寂寞。大国の代理戦争の舞台にされたアジア。西と東の戦いは、歴史の上では結末が分かっている。しかしその行間にあったものはなにか。
西島大介氏はベトナム戦争を舞台にした『ディエンビエンフー』などの作品もあり、強い批評性を持つ漫画クリエイター。この作品はweb媒体に連載中、いくつかの使用禁止語があったもののそれらを解禁してのコミックス化。ポル・ポト。クメール・ルージュなど、歴史として忘れるわけにいかない語が掲載されています。
本編の他、カンボジア豆知識のショート漫画や寄稿の論考なども掲載。ポップアートの枠を超え、「日本のサブカルチャーシーンで民主カンプチアを再確認する」というような試みなのかな、と思います。
かわいらしい絵とエグい心理描写。共産主義に散った理想と、託したもの。コミックスはまだ完結していないので、気長に続刊を待ちたいと思います。
脳みそをかき回せ!価値観を逆転するifのSFマンガ
『【読み切り版】大きくなったら女の子 -夢と嵐太郎の場合-』
※セックス描写があります
この世界は「男」として生まれ、集団の中の1割が女性化する。それは体が大きい個体の可能性が高く、178センチを超えると「女」になることが多い。こどもは「男」が育て、「女」は複数の子の親になることが多い・・・
自分のジェンダーバイアスの法則を乱される一作。こういうものを見なければ!
「男」は「こどもを育てることになる」から不利、可愛い服は小さな「男」用に作られており、「女」は可愛い服を着ることはできない、「女はセックスのことしか考えてない」、、、
強い批評性があると思います。男女という二つの性だけではなく、その移行期、またジェンダーの役割を引き受けない人・・・と、性というものの文字の上の定義をぐしゃぐしゃ〜っとかきまわし、多様なグラデーションに想いを馳せます。
あと、エッチっす!
レコメンド『これからのラーメンの話』
『これからのラーメンの話』 (1/8)
— 背川昇 (@sgw_nobo) 2023年10月1日
【※暴力的で品性下劣な漫画です】
【※ラーメン漫画ではありません】 pic.twitter.com/ZurvDQAWz8
※強い暴力表現があります
※不快な表現があります
ラーメンが大好きな女子大生ふたり。ひとりは食べる顔がエロすぎる、ひとりは音がエロすぎる。ふたりを見る社会的な視線は、とんでもない事態を招いて。
「消費」に対しての強烈な批判のあるマンガ。Twitterで発表されたマンガですが、非常に話題になりました。
サブカルチャー文脈にある食と性を重ね合わせる手法。全く望まないのにカリカチュアされた「それ」を身につけてしまっているふたりの女性が主人公です。
彼女らはただラーメンが食べたいだけなのに、店の他の客の目が気になってラーメンが食べられない。次第にカルチャーとしてアイコン化され、キレてみればそれをエモとして消費される。さらに望まぬ形でアイドル化され、ポップカルチャー作品として売り出される始末。
購買作品としてまとめられているわけではないのでネタバレまでしてしまいますが、思い詰めたひとりがラーメン店を銃乱射で占拠、血まみれのラーメン屋で思う存分エロい音をさせてラーメンを食べるのがラストシーンです。
毒と苛立ちに満ちています。「みんなのオモシロ」のために生贄にされた個人の悲憤、そして有象無象の「みんな」への強い批判。気持ちのいい作品ではありませんが、こういう作品が出てくることを歓迎します。気持ちよく作品を読んでいる後ろで、嫌だって言ってんのに消費されている人はいないか・・・ということは時折振り返らなければいけません。
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2023年に読んだ印象的なまんがを、エモーション別に20作ピックアップしてみました。
去年はまんがの雑誌の休刊が相次いだり、年末の映画がなぜか太平洋戦争をにおわせるものが多かったり、ポップアートの世界も楽しい雰囲気ではありませんでした。
大塚英志の『まんがで分かるまんがの歴史』でも、戦中において仕事を奪われたクリエイターたちが国家の仕事を受注していた形跡があきらかにされており、
それは磨かれたクリエイターの技術で国家の望むものを描く・・・という、プロパガンダとしての力が強いものだと思います。
イスラエルのガザ侵攻を思います。私たちは誰かの都合に良いように思想を変えられてはいないだろうか?
まんがはある意味で思想を変えるものです。まんが読んで「なーんにも変わらない」ということばかりでは決してありません。だからこそ、変えられるモンくらい自分で選ぶ。面白くて、実験的で、私のことを自分の都合よく変えようとしてこないマンガ。それってたぶんコミュニケーションですよね。
今年もたくさんマンガを読んでいこうと思います。マンガは楽しいですね。
↓去年のベストマンガとレコメンドはこちら↓