こんにちは、IT業界のすみっこで15年ほど生きている中山 今です。
本日は『解体屋ゲン』の感想を書きたいな~ッと思います。
建築業という、商業漫画の中ではニッチな題材。対権力にも自分の正義を貫くゲンさんとダイナマイトによる豪快なビル爆破が痛快なお仕事エンターテインメント漫画なんですが、
今回はめちゃくちゃ個人的な話をします。肉体労働者だった亡き父の話です。『解体屋ゲン』を、父は読んでいたかなあ、読んでいたら話せたのになあ、とか、そういう話です。
あらすじなども載せるので、読もうかな?と思っている方の参考にも一応、なると思います。
でもこういうマジモードの昔語りにも耐えるってのは良質な漫画ですよ。ハイ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『解体屋ゲン』
原作/星野茂樹 作画/石井さだよし
〈あらすじ〉
孫請けの何でも建築業、零細中小企業の社長の朝倉厳(ゲン)は、世界各国で「ビルの爆破解体」の現場をこなしてきた解体屋(こわしや)技術者。
あたたかな人となりと権力におもねらない性格、そして確かな実力で、建築業界を静かに揺るがしていく。
実に骨のある漫画である。
100巻を数える人気作品でありながら、紙のコミックスは出てない。下記インタビューにて原作者自体が「(コミックスが出版されない)理由が分からない」と言っていたが、あえて憶測を述べるならその業界への忖度の無さであろう。
↓原作者インタビュー。現実の業界や個人への取材も行って作劇していることが分かる
ゲンさんは業界のタブーに切り込む。それはゼネコンや政治家といった高みの権力者だけではなく、外国人労働者との軋轢や女性労働者への配慮など、読者層に耳の痛いこともしっかりと言及していく。
もちろん、ダイナマイト爆破解体をメインとした豪快なビル解体やゼネコンを交えた政治劇、古くは曳家(家をそのまま移築する技術)、新しくはCIM(コンストラクションインフォメーションモデリング)による仮想現場検証など、新旧問わない建築技術を駆使した工事現場の丁々発止のやりとりなど、エンターテインメント作品として文句なしに面白い。
しかしゲンさんは社会構造、資本主義、現行法への不満も忌憚なく口にする。口にするだけでなく、ときおり法を侵す。
そもそもゲンさんは暴力を否定していない。仲間内でコミュニケーションとして行われる暴力もあれば、談合会議の場で怒声を張ることもある(私は怒声を非暴力だとは思っていない)。それら暴力は理不尽な権力や非合理な仲間の行為に容赦なく降り注ぐ。その哲学は高い人権意識と仕事へのプライド、環境保護などが垣間見える。
女性キャラクターによるお色気シーンなども多いものの、女性キャラクターたちも自身の仕事への誇りと権利を主張する。
極めてまっとうで、骨の太いエンターテインメントであると感じている。
しかし理想主義だけでなく、『解体屋ゲン』には弱点があるからこそ感情移入のできるキャラクターが大いに登場する。
借金苦で自殺しようとしたところをゲンさんに助けられ右腕となるヒデ、零細棟梁であったがゲンさんの会社に合流したトシ、法の隙間を縫うギリギリな何でも屋を営むゴン、幾度も商売を失敗させるが次々新しい商売にチャレンジする村井などのキャラクターがそうだ。彼らは時に夜逃げをし、時に前向きに、仕事をしながら生きている。ゲンさんは極めて強いキャラクターではあるが、そうでないキャラクターは弱さがあるがゆえに魅力的だ。
その中でも、私はトシというキャラクターに注目をした。トシは作中、アルコール依存症になるのだ。私の父と同じ疾患である。
ここで私の父の話をしたい。
父は1960年代生まれで、東北の漁師の家の七男坊だ。
高校の修学旅行はハワイ(船で自力)。高卒でバブル華やかなりし頃上京し、その体力でトラック運転手になり、自営業を営んだ。
父は学は無いが粗野な人ではなかった。パチンコにもキャバクラにも興味がなく、休みの日は図書館で本を借りて過ごした。物静かで勤勉だったが、時代は零細中小企業に厳しかった。そのストレスのはけ口になったのは酒で、アルコール依存症にまでなったが後年自助会(断酒会)に通い始め、死ぬまで酒を飲まなかった。
私の話もしたい。
私は発達障害のある文系で、体育会系企業に務めることは不可能であると認識している。そのため業界的に柔らかいIT広告の片隅でずっと働いている。たいていが東京の一等地にある、ランチが1500円から・・・という風情の場所であった。
若い頃の私からすると父のたたずまいはわずらわしかった。日がな汗だくで働き、牛角すら「こういう店、俺は恥ずかしいなあ」とつぶやく父を理解することもなく、日々おしゃれな飲食店や映える遊びスポット(当時はまだそのような言葉はなかったが)をふらふらと探していた。私の若い浮つきが終わらないうちに父は亡くなった。
『解体屋ゲン』は、各種リテラシーが高いエンターテインメント漫画であると同時に、私にとっては郷愁の漫画であった。
資金繰りに悩む自営業経営者、「夜逃げ」ということば。なじみの定食屋でのかつ丼。
もちろん派手なビル爆破解体回もスカッとして楽しいのだが、村井が金を探して自分の事務所を探し回ったり、トシが資金難で部下に賃金が払えないのを嫌がるところなど、自分の幼少期の環境を思い出してグッと身につまされる。
もちろん『解体屋ゲン』は漫画らしく明るく、メインキャラクターは糊口をしのぐことができる。そのような明るい漫画でメインキャラクターがアルコール依存症を患い、その上その良好な予後が描かれたことは新鮮な驚きだった。
『解体屋ゲン』では、アルコール依存症の身体・社会的な悪影響、アルコール依存症が「否認の病」であること、自助会につながることで再飲酒を抑えること、その後の人生を依存症と付き合いながら、アルコール抜きで楽しく生活することなどがトシというキャラクターを通して描かれている。
『解体屋ゲン』でトシはアルコール依存症の正しい治療アプローチのひとつを実践し、酒と距離を置き、一度は裏切ってしまった家族と仕事を大切にして幸せに生きていく。
ゲンさんたち会社の打ち上げの酒宴でも、トシはいつでもウーロン茶だ。それを揶揄する者も、否定する者もいない。トシはとても幸福なケースだ。
父はどうだっただろうか?と思いを馳せる。
アルコール依存症を克服し、一生涯飲まなかった父だが、仕事仲間との付き合いはどうだったのだろう。トシのように温かく見守ってもらえただろうか。飲み会にウーロン茶で揶揄されることは無かっただろうか。取引先から飲むことを強要されたりはしなかっただろうか。
父は漫画の好きな人であった。長距離ドライバーは車内での休憩時間がちょくちょくあるので、丸めた漫画雑誌をよく持ち帰っていた。存命であれば、『解体屋ゲン』も読んでいた可能性がある。
もしそうであったなら、私は『解体屋ゲン』をフックに聞くことができたかもしれない。
パパ、最近仕事どう、けっこうきつい?
今アレなんだって?現場の人ってさ、ヘルメットの中に入れる涼しいやつ・・・気化熱のクールダウンのやつあるんだってねえ。
ところでこの前、漫画で読んだんだけどさ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう私には遅すぎる。
でももし、父が存命だったら、きっと私はこういう話をしたと思う。
「漫画と現実を混同するな」というのが私の主義である。
しかしながら、この世は広く、私の現実の行動範囲は極めて狭い。SNSなどを通じて多様な人の発言に触れることのできるようになった昨今ではあるが、その属性は偏っている。
「現実と違う可能性は大きい」と重々認識しつつ、自分と全く異なる属性への興味のきっかけとして漫画を経由すること、これを私は悪いことだとは思っていない。
カズオ・イシグロが「縦の旅行」ということばを使った。
これは場所を違えても同じ属性同士で話すのでは新しい発見がない、横ではなくストリートの縦でコミュニケーションを取ってみるべきだ・・・というような内容のことばである。
私はこのことばが好きではない。縦という形はどうしても上下の概念が余計だ。
そうではなく、仕事の業界ごと独自性を持つ世界観の、空に浮かぶ千々に散った雲のようなイメージ。
私で言えば、IT広告業界の雲から建設業界の雲をのぞき込むような「ジョブの旅行」。その旅は現実にはあまりに遠く、見当がつかないから、その予備行動としての漫画体験をする。その役割を『解体屋ゲン』に見ている。
私の父はトシじゃない。
しかし、トシのように過ごしていたならいいな、と、希望を込めて思う。
生きていたら「トシみたいにできてる?」と聞くことができた。
「現実と漫画を混ぜるんじゃねえ」と怒られたかもしれない。
でも怒られたとしても、そこにコミュニケーションが芽生えるなら、それは悪ではないと思うのだ。
もう来ない未来だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なんか湿っぽい感想になりましたが、『解体屋ゲン』は面白いッス!
イケイケ&改革派ゼネコン女子の内田女史、ゲンさんのダイナマイト爆破ライバルのジョージ富田、ゲン世界でのドラえもん、谷の繰り出してくる建設アイテムなどなど、多彩なキャラクターと盤石のリテラシーで100巻いつまでも飽きずに読めます!
2023年5月末まで電子書籍100巻を全巻11円で販売するとのこと。
いったん↓1巻は0円での提供なので、まあまずは読んでみてくださいよ。
(ただア・・・女性の水着シーンが妙にあるぜ!というのは薄目でみていってください)(私は父と水着のことを話す気はないぞ)