漫画のことと本のこと

漫画好きが読んだ漫画や本の感想を書くブログです。

『おとなになっても』感想~「捨てて逃げてきたこと」が都会で起こっていることに戦慄した~

※※※※※※※※※20230206追加※※※※※※※※

作者の志村貴子氏が、自身のSNSアカウントにてトランスヘイトへの共感を示す行動を取っていたと話題になりました。

 

性マイノリティをテーマとする創作者がその対象のうちであるトランスジェンダーへの差別に共感を示すということ、当事者感情を考えるととても胸が痛みます。

 

本エントリは作品の雰囲気を忌憚なく表現しているため削除はしません。しかし、特にトランスジェンダーの方にはお勧めしません。

 

現実の差別感情に疲れた人が安らぐなら、この作品が持つ背景は相応しいとはいえません。

このテーマはそれだけ丁寧に扱う必要があります。現実の差別が苛烈だからです。

 

そのため、どういう作品なのかな?と興味を持った方だけお読みください。安らぎを求めるなら、それはあまりにも残酷だと思うので。

※※※※※※※※

 

 

こんばんは、約40年前に「地域社会になじめなーい!」と産声を上げた中山です(誇大な表現)。

 

本日は志村貴子先生の『おとなになっても』の感想を書きたいと思います。

 

しかしなにしろ普段から恋愛マンガを読みつけていないので「恋愛マンガ文脈」が読めていないことをご容赦ください。

 

なにより私はこの登場人物たちが暮らす「地域社会」のイメージに身震いしているんです・・・

 

この記事は以下の構成でお届けします。

・『おとなになっても』あらすじ

・『おとなになっても』感想

 

 

『おとなになっても』あらすじ~二人のヒトが出会った、二人は女性で、一人は結婚していた~

 

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 志村貴子『おとなになっても』1巻講談社2019年 より引用

 

 

『おとなになっても』あらすじ

 

大久保綾乃、小学校教師。

・平山朱里、接客業。

ある日出会った2人はおとなだったので、キスしたくなって「今かな」と感じたからキスをした。

でも綾乃は既婚者。

 

夫は離婚はしてくれない。

押しの強い義母がおぜん立てして、気づけば夫の家族と同居してる。

引きこもりの義妹も気になる。

小学校の子どもたちもなにか問題を抱えている。

 

36歳の女性が社会生活をしながら恋をする。それはただ恋をするだけでは終わらない、いろんなものがまとわりついている。

 

 

『おとなになっても』感想~私が捨ててきたもの、逃げてきた場所が近くにありそうな怖さ~

 

俺なら爆発する!!!!

 

『おとなになっても』は恋愛マンガです。

 

好きだと思えた人がいて、その人のもとに駆け付けるには色んなハードルがあって、それでもどうしてあの人が好きなんだろう、そのハードルを越えられないのは自分なのに、会えないと泣いてしまうのはなぜなんだろう。

 

という恋愛マンガです。

 

でもここでのハードルって言うのがね、

 

(結婚6年目、特に夫と仲が悪いわけじゃないのに)好きだと思えた人がいて、その人のもとに駆け付けるには色んなハードル(夫が離婚はしてくれない、押しの強い義母さんが丸め込んでくる)があって、それでもどうしてあの人が好きなんだろう、そのハードルを越えられないのは自分なのに、会えないと泣いてしまうのはなぜなんだろう(あと夫婦で不妊の話を避けていたのも、昔好きだった子をなかったことにしたのもなぜだろう)

 

っていうね、大人にしか発生しない現状が打破できない、過去の後悔、という特重(とくおも)なやつなんですね。

 

かつ、↑の気持ちは大久保綾乃の気持ちですが、

  • 既婚者である綾乃に恋した平山朱里の気持ち
  • 綾乃の義妹で引きこもりの大久保恵利の気持ち

などが多角的に展開する群像劇です。

 

キャラクター全員の感情が自然で一方的な悪者がおらず、ドラマに無理がないので綾乃と朱里のもどかしい関係にハラハラする・・・のですが・・・

 

 

私はなにより、『おとなになっても』で恐怖におののいたんですね。

 

 

というのも、重めの地域密着型(プラスα)の付き合いが都会で行われている感覚にブルったんです。

 

解説しますね。

 

 

まず、『おとなになっても』は都市部に近い地域のお話です。

 

明言はされていませんが、綾乃と朱里が通勤に使う地下鉄は都市部のものです。

 

↓のような地下鉄の構造は地方にはありません。

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 志村貴子『おとなになっても』5巻講談社2019年 より引用

 

都内で言うと、この中二階みたいな作りだと三越前とか有楽町とか・・・?

 

とか感じるほどには、都会で展開する物語です(地方の都市住まいの方は近い場所の地下鉄を当てはめて読んでもいいんだと思います、場所の明言は無いので)

 

 

たぶん、綾乃たちが住んでいるのは都内地下鉄から数駅進んだ住宅街でしょう。

つまり、日本の中でも相当な都会に暮らしていると言っていいと思います。

 

しかし綾乃や朱里は「地域社会」と絡み合った暮らしをします。

 

  • そもそも綾乃は小学校教師だし
  • 朱里は物語スタート時には飲食店勤務で、その後元の美容院に呼ばれて復職
  • 二人して地域のマラソンに出ちゃったり
  • ご近所さんと親しくなって食事に行ったり

 

ここで唐突に私の話になりますが、私はこういった地域社会の付き合いが死ぬほど苦手です。

小さい頃から「ただ同じ場所に住んでいる人」の空気が読めなかったし、それが嫌で埼玉の片田舎の新興住宅地から都会に逃げてきました。

 

だから、『おとなになっても』で滞りなく行われているこれらの地域関係にゾクゾクするものがあります。

 

そしてなにより、本作最凶キャラの「お義母さん」のマインドにものすごくひるんでいます。

 

「お義母さん」は綾乃の義母です。

 

お義母さんはデリカシーがなく、綾乃に正面切って嫌味を言う嫌なババアです。

 

しかし半面、地域のイベントには積極的に関わり友人も多く、気さくで明るい女性でもあります。

 

その末子である恵利は引きこもりです。

 

そんなお義母さんが、引きこもりの恵利ちゃんがきれいに髪を切って外に出歩くようになって「思ったこと」に震えるのです。

 

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 志村貴子『おとなになっても』5巻講談社2019年 より引用

 

「恵利がお嫁に行く未来もあきらめかけていたけど」

 

 

引きこもりで世間体の悪い娘。嫁にも行けない娘。

嫁に行けば解決。娘を嫁にやれば、私自身が報われる。

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 志村貴子『おとなになっても』5巻講談社2019年 より引用

 

お義母さんのお義母さんに対するコンプレックス。

「こどもをうまく育てられなかった」というコンプレックスにとらわれているように思えます。

こどもが引きこもったのって、別に専業主婦のお母さんのせいではないのですが。

 

 

家庭のせい、母のせい、嫁のせい、娘のせい、etc・・・・・・・

 

私が捨てて、逃げてきた世界そのままです。

 

 

多分東京都下。日本で一番トレンディでおしゃれで、ジェンダー的にも先進的な意識を持った人たちが住む場所。

 

それで「コレ」なんだな・・・・・・・・・・・・・・・という、絶望と恐怖。

 

『おとなになっても』は、私にとってけっこうホラージャンルです。

 

 

 

まとめ。まとわりつく重たいものがあっても、恋は止められない。

 

というわけで「コミュ障による『おとなになっても』感想」をお届けいたしました。

 

まあ私は特に地域コミュニティが苦手という特性はありますが、都内で暮らす多くの人は、「地域コミュニティ怖い(怖かった)」の感覚は少なからず持っていると思うんですよね(どうでしょう?)。

 

綾乃と朱里は、こういった地域を難なく泳げる人たち。おとなならではのしがらみを持っていける人たちです。

 

それでも二人は恋をしてしまった。そしたら、しがらみがとても重たくなった。

 

重たくてわずらわしくて、恋をやめればまたそれは軽くなるのに、それでも恋をやめることができない。

 

きわめて正直でわがままで、まっすぐな恋物語だと思います。

 

 

志村貴子先生の漫画をしっかり読んだのは実は初めて。

女の子がすごくかわいくて清潔で、とてもすてきな漫画でした。

今後も『おとなになっても』のまっとうな社会生活(にチラ見えするジェンダーコンプレックス)におびえながら、綾乃と朱里の恋の行く末を見守りたいと思います。(あとお義母さんもなんか、しがらみを捨てられるとイイっすよね・・・・)

 

 

アイエエエ!『ニンジャスレイヤー』コミカライズは怪文書とスーパービジュアルのハイブリッド(ひとまず1巻)

ドーモ、もうなにも考えずにバカなものが観たいんだ!漫画ライター、中山今です。

 

そんなわたくしがこのたび、ついに『ニンジャスレイヤー』コミカライズに手を出したのでご報告です。

 

もし『ニンジャスレイヤー』ってなんなの・・?面白いの・・・?と思ってる方にはぜひともッ!布教させていただきたく筆をとった次第です。

 

おやつ感覚で楽しめる重めのゴアと綿密に計算されたうさん臭さ、それに伴う脳で分泌される何らかの快物質!

 

大変良いものですよ『ニンジャスレイヤー』!

 

  • あらすじ
  • 感想(怪文書とコミカライズの迫力と)

 

を以て『ニンジャスレイヤー』をご紹介できればと思います。

 

なお、あらすじは全て登場した語を忠実に書き込んでいます

誤字等の心配は無用なので空気感だけ感じ取ってください。

 

『ニンジャスレイヤー(1) ~マシン・オブ・ヴェンジェンス~』 (角川コミックス・エース)あらすじ

 

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【あらすじ】

物語は4人のヤクザと1人のニンジャの死体を見下ろすところから始まる。

ヤクザはまるで四つ子!すなわちクローンヤクザ!

ニンジャはソウカイ・ニンジャ!ソウカイヤの手先、ニンジャの「ジツ」の達人だ!

 

そしてその5つの死体を見下ろす者こそ「ニンジャスレイヤー」!

ニンジャ敏捷性のカラテとスリケン投擲!アイサツした相手を必ずサヨナラするネオサイタマの死神!

 

全てのニンジャが死に際のハイクを詠むまで、ニンジャスレイヤーのジュー・ジツは止まぬ!相対した者みなしめやかに失禁!古事記にもそう書いてある!

 

アメリカ発、サイバーパンクニンジャバトル小説を堂々コミカライズ。

唯一無二の言語センスはそのままに、迫力ある画でアップグレードされたニンジャバトル漫画です。

 

『ニンジャスレイヤー』感想~ 脳がバカになっていく快感!トンチキ日本語に笑いゴアと疾走感に絵がついた換え難き読書体験~

 

バカに・・・なれるんです!

 

↑のあらすじを読んでいただければお分かりだと思いますが、この独特の言語感覚!

 

現代のシノワズリ(16世紀後半、中国風にあこがれた西洋美術様式)と言いたいところだが多分違う、全然違う。

 

あらんかぎり、思いつくまま縦横無尽に繰り出される怪しげな「ニポン風」。

 

  • 「カンニンブクロが爆発しそうだぜ」
  • 「ヨロコンデー」
  • 「ヤバレカバレの拳法」(※原文ママ
  • 「アイサツは決しておろそかにはできない ニンジャの礼儀だ 古事記にもそう書いてある」

 

小5が!ニンジャに詳しい小5が海外ドラマを見過ぎた感じを忠実に再現!それが『ニンジャスレイヤー』!

 

まずこの言語センスで前頭葉は痺れる。

 

で、そのあとコミカライズ最大の魅力「画」で大脳全体がマヒする。

 

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余湖裕輝田畑由秋『ニンジャスレイヤー1~マシン・オブ・ヴェンジェンス~』 KADOKAWA2013年より引用

 

ニンジャ死す時「サヨナラ」をして「四散爆発」・・・ッ!

 

さりげなく首をもがれたゴアも今までのインパクトの前にオヤツも同然、これが『ニンジャスレイヤー』!

 

 

そしてこれは好みの問題ですが、私のような漫画に慣れた人間はコミカライズは読書体験としてものすごくイイナと・・・

 

こちらが↓原作の小説(の邦訳)ですが、小説だと当然、イマジネーションを自ら働かせる必要がありますね。

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ブラッドレー・ボンド わらいなく 本兌有+杉ライカ『ニンジャスレイヤー第1部 ネオサイタマ炎上1 Kindle版』 KADOKAWA2015年より引用

 

しかしコミカライズなら↓この通り。相性はあると思いますが私はものすごくハマったッ!

 

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余湖裕輝田畑由秋『ニンジャスレイヤー1~マシン・オブ・ヴェンジェンス~』 KADOKAWA2013年より引用

 

イマジネーションへのリーチが早くなるというか。

 

だいたいこんなことが起こっているんだろうな・・・というのを迫力のビジュアルで描いてもらえ、その上怪文書も添えてあるスタイルでほしいものが全部パックされてるニンジャスレイヤーツアーっていうか(何言ってんだ)。

 

もう好き・・・!大好き!

『ニンジャスレイヤー』さえあれば仕事で辛いことがあっても育児が大変でも平気。だってそう古事記に書いてあるからッ!

 

というわけで盛大にハマったので、今すぐ全部買って本棚に大切に保管しようと思います。アイエエエ!(←一般人がニンジャに会ってコワイ時の悲鳴)

 

 

『あなたはブンちゃんの恋』感想~依存して干渉しあう、激烈な痛みの恋。ある意味でジェンダーレス恋愛の極北~

 

こんにちは、エンタメには痛みを求めたくなるほど平和な毎日を送っております。

 

というわけで、本日は心から血が噴き出すような恋愛マンガをご紹介しますね。

 

恋も、依存も、嫌悪感も、自己否定も特盛。

 

それでも恋しないわけにはいかないんだろうな、と脳みそを叩き割られるような漫画です。

 

そしてあまりに強い負のパワーの前に、ジェンダー観とか軽く吹き飛ぶ凄みを感じます。

 

 

あらすじと感想をご紹介します。

 

 

『あなたはブンちゃんの恋』

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宮崎 夏次系 『あなたはブンちゃんの恋』講談社2020年 より引用

 

 

【あらすじ】

 

ブンちゃんはクマのぬいぐるみパスケースをバッグにつけた、かわいい女の子。

 

ブンちゃんは幼馴染の女の子、三舟さんが好き。

 

ブンちゃんと三舟さんは毎年、昔死んでしまったシモジのお墓参りに行く。

 

ブンちゃんのパスケースには、死んだシモジが宿っている。

 

三舟さんはシモジが好き。

 

ブンちゃんは苦しむ。

三舟さんを諦めたくて、忘れたくて、色んなことをする。

でも三舟さんが好き。

 

シモジは苦しむブンちゃんが好き。

 

 

三人はいつまでもともだち。

そしてみんな苦しむ。

 

 

依存なのか恋なのか。苦しみを捨てようともがく女の子と、冷たい観察者と、1人で変わっていってしまう女の子の激痛三角関係。

 

【感想】

痛すぎる恋愛の前では属性など軽く吹き飛ぶ。

 

ブンちゃんは端的に言って「イタイ」女の子。しかも超特級の。

 

三舟さんへの恋愛と依存心を区別できていないし、自分が苦しいからってバイト先の同僚に疑似恋愛を持ちかけて利用しようとするし、救いを求めて突然グリーンランド(!)に旅行に行ったりする。

 

その結果、三舟さんのことも大いに傷つけるし、バイト先の同僚の恋心も踏みにじるし(マジでヒデエんだ)、遠くグリーンランドでも人に迷惑をかける。

 

 

でも一番厄介なのは、ブンちゃんが自分がイタイことを完全に理解していること。

 

だからブンちゃんは「自分を壊す」ために努力する。あまりに苦しいから自分を壊したり、自分の恋心を壊したりするためにいろんなことにトライする。

 

それでもブンちゃんは三舟さんが好きであることがやめられない。

 

そんなブンちゃんに冷酷な合いの手を入れるシモジの霊。彼も恋の三角関係の一端であって。

 

また、三舟さんも変わる。一見明るく見える彼女も、壮大な依存心を抱えている。

 

三人は、誰かが変わることを許さない。

 

全員、現状のまま苦しんでいないと許されない。

 

しんどい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

と、まあ、すさまじくしんどい恋愛のマンガではあるのですが。

 

 

野暮なこととは思いますが、ブンちゃんは女の子、三舟さんも女の子、改めて確認するとこの漫画の恋は同性への恋です。

 

でもなんつうか、同性の恋愛だからどう、っていう感覚が一ミリたりとも起こらないんですね。ブンちゃんたちの負のパワーが強すぎて。

 

幼馴染の三人のうち一人が死んで、残りの子の女子が女子に片思い。これだけで1作品きっちり描ける題材です。

 

でもそのテーマは前座に過ぎません。

テーマ、というかこの漫画のだいご味は「登場人物全員が濃厚に依存しあい、メインの子が『あの手この手で自分を壊す』ことを眺める」という・・・

 

このエグみの前に、属性のことなどすっかり忘れてただ震えるばかりです。

 

現実では同性婚の認められていないこの日本社会で(2023/7月現在)、同性の恋を描く物語は良いものですね、と言いたいところですが、なんていうかそういうレベルじゃない。

 

 

 

エグイ、つらい、しんどい。

そんなジェンダーレス恋愛マンガ。

とてつもなく重く、冷酷で、それが面白いんだから漫画ってのはすごいものです・・・・・

 

ところで今更ですが、霊が三角関係に混ざってくるファンタジーでもあります。

でももうそんなこと気に掛ける余裕はありません。エピソードひとつひとつが致死量。瀕死ですから霊がどうとか些末なことです。これもまた『あなたはブンちゃんの恋』の凄み。

 

 

 

『さびしすぎてレズ風俗に行きました』紹介~ハーベイ賞受賞の「生と性の交わるところ」を痛みを隠さず描く漫画~

こんばんは、大好きな『チェンソーマン』がハーベイ賞を受賞して嬉しい!中山今です。


ハーベイ賞とは、アメリカでもっとも権威あるコミック賞のひとつ。

その中でも「bestmanga賞」は「邦訳された日本漫画」というくくりの賞で、アメリカの賞でありながら実質日本の漫画賞ともいえる状態になっています。

 

今まで、『とんがり帽子のアトリエ』など知名度も実力も作品が受賞してきたこの賞ですが、実は2018年に受賞した作品はあまり知られていないかもしれない。

 

その名こそ『さびしすぎてレズ風俗に行きました』。

 

今回はこの作品をご紹介します。

 

痛くて、途上で、それでも生きることをあきらめない。あまりにも痛々しい生と性の渇望のレポ漫画です。

 

あらすじと見どころをご紹介します。※後半はラストシーンに言及するので有料で・・・!

 

『さびしすぎてレズ風俗に行きました』

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 永田カビ 『さびしすぎてレズ風俗に行きました』株式会社イースト・プレス2016年より引用

 

 

【あらすじ】

エッセイ&レポ漫画。

主人公は作者である永田カビ本人をモデルとしている。(このため以下作中キャラを表す時は「永田カビ」、現実のクリエイターを表するときには「永田先生」と記載します)

 

永田カビはメンヘラの引きこもり。

 

摂食障害、鬱、社会不適合、「死んだ方がまし」な状態にあるアラサーの永田カビ。

 

「自分には食べる権利がない」と思い込んで摂食障害に陥り、「無条件で認めてくれる人」を職場に求めて首にされる。

 

その恐るべき思考のゆがみは多分に家庭環境によるもので、どこからどう切り取っても毒親の両親と仲の悪い祖母の4人暮らし。

 

楽しい高校生活を終え、美大を中退、社会不適合者として家族から(そして内なる自分から)責められ続ける永田カビは、体が動かなくなって「どう考えても死んだ方が楽」というほど追い詰められた。

 

しかし永田カビは「意外にも悔しかった」。

 

ここから「生きるためにレズ風俗に行く」という斜め方向の戦いが始まる。

 

 

【感想】

痛いッ

 

しかし前向きだッッ・・・・!

 

 

あらすじでも書きましたがもう物語はイタタタのイタタ。

 

現在心を病んでいる人や毒親に悩んでいる人は見ない方がいいレベル。

 

メンタル系に悩むレポ漫画はたくさんありますが、ハーベイ賞受賞に至るために3つほど要因があったと思います。

 

それが以下です。

 

  1. 痛みにやみくもに向かうヤケっぱちな前向き感
  2. 繊細かつ大胆な表現
  3. ピクシブのバズり

 

まず、「痛みにやみくもに向かうヤケっぱちな前向き感」

 

本人モデルのメンタル系漫画は痛いです。

失踪日記』も『アル中ワンダーランド』も辛くて痛くてたまらない。

 

特にまだ寛解(完治する病気ではないがひとまず正常機能が戻った状態)していない状態だと、本が出た後にさらに悪化した近況が聞こえてきたりしてとてもつらいです。

 

『さびしすぎてレズ風俗に行きました』がどうかと言えば・・・

実際、本作の次回作などでも寛解しておらず、常にぐらぐらとした不安定な状態を続けています。

 

↓次回作でも酒浸りになり、非常に危うい状態です

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 永田カビ 『一人交換日記』イースト・プレス2016年 より引用

 

しかしながら、「繊細かつ大胆な表現」がただの痛みだけでない「生への渇望」をたたき出します。

 

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『3月のライオン』16巻感想~エヴァのように大人になった、死にに行かない強さ~

こんにちは、『3月のライオン』のアツさが大好きなマンガライター、中山今です。

 

今回は『3月のライオン』16巻の感想を書きたいと思いますー

 

なんていうか、もうあのアツさは帰ってこないのかもしれないけど、それもいいかなあとか思ったりして。

 

改めてざっくりした『3月のライオン』全体のあらすじと、

16巻の感想をご紹介します。

 

 

3月のライオン』16巻

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 羽海野チカ 『3月のライオン』16巻白泉社2021年より引用

 

【あらすじ】

 

孤独な天才少年棋士、桐山零。

 

脳をフル稼働させる将棋は、一度の試合で2~3キロ痩せることもあり得るほどの灰カロリーバトル。

 

また、足元がガラガラと崩れ落ちるような、死を意識するような孤独でヒリついた戦いでもある。

 

過剰な戦いをひとりで重ねる零は、いつしか浅草の和菓子屋の姉妹3人との縁を持つ。

 

そこで触れるあたたかな生活は、零の心に小さな明かりをともす。

 

その明かりを胸に、更なる将棋の深淵へ降りていく棋士の物語。

 

 

【16巻感想】

 

死にに行っていないな・・・・と思う。それは、良いこと・・・

 

16巻はとにかく温かい。

 

零はひなちゃんとあたたかなココアを飲み、棋士仲間と切磋琢磨し、誰も切迫感を出さない。

 

合間に挿入される宗谷名人の実家エピソードも(よく考えると悲惨だけれど)、ほっこりあたたかな新キャラとお話で誰も傷つかない。

 

思い立ってその前の巻、15巻を読み返してみたのだけど、もうまったく全然違った。

 

15巻に多用される「試合中に息が詰まる、おぼれる」といった閉塞感のイメージ、「暗い部屋に飲み込まれる」といった不安と自己の喪失のイメージ。

 

そのマイナスな状況を、あがいてあがいてもがいてもがいて、血にまみれながら浮上する。今日浮けても明日はわからない、圧倒的なヒリヒリ感。それが私の『3月のライオン』のイメージ。

 

16巻は、そのイメージを覆すものでした。

 

でもなんか、私思ったんです。

 

これって大人になったんじゃないかなって・・・

 

私事ですが、最近「1960年代スポ根ブーム」を勉強する機会がありました。

 

特に『あしたのジョー』『巨人の星』といった梶原一騎原作作品を読み、関連資料を読みました。

あれは高度成長期の純文学で、体を痛めつけ、プライドと共に死ななければいけない物語でした。

 

それはニヒリズムをはらんだムチャクチャかっこいいものではあります。

 

しかし同時に未来のない、死にに行くだけの物語でもあります。

 

3月のライオン』16巻はその選択をしなかった。

 

桐山零は幸福を知り、死ぬためではなく生きるために棋士をしている。

 

そういう描写だなあと思いました。

 

最近なんか見たことあるぞ、と思ったら、これ『シン・エヴァンゲリオン劇場版』観た時と似てます。

 

エヴァでも20年にわたる劇場版で、一時期はきっと監督自体が死にたい、苦しくて仕方がない映画に仕上がっていました。

 

でも2021年公開の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で、各登場人物たちは全員がそれなりの納得感のある妥協点を見出し、後ろを振り向かずに去っていきました。

 

前向きで明るい、生きるためのエンドで、非常に良いものを観たなあと思っています。

 

で、『3月のライオン』に話を戻すと、「死ぬほど悩んで戦って、いつでも死が背中に迫ってる」みたいな切迫感の出し方、エヴァみたいにもうやめたのかもしれないなって思って。

 

それは間違いなく『3月のライオン』のアツさだったけど、ひょっとしたらもう戻ってこないんじゃないかなとか。

 

でも私個人はそれでいい気がしています。

 

死ぬのはよそう、死ぬのは。やっぱ生きた方がいい。ウン。

 

 

 

 

あと作品とは関係ないところですが、ひょっとしたらコロナ禍も関係しているかもしれませんね。

 

世界的な危機感と停滞ムード。

 

それは気分のいいものではありませんでしたけど、人によってはお休みになったのかもしれません。

 

将棋で死なんでも、コロナで死ぬかもしれない。

 

人間、1960年代みたいな上り調子の社会情勢より、今みたいな経済的にも物理的にも死の可能性がある方が、死にに行かないコンテンツになるのかもしれない。

 

 

今回はなんとなく、思ったところを書いてみました。

 

17巻以降はどうなるのかな。次巻が待ち遠しいです。

 

 

 

『腸よ鼻よ』5巻感想~潰瘍性大腸炎闘病記。国家指定の難病&人工肛門になってなお、これほど陽の気を放つ漫画家を私はまだ知らない~

こんばんは、おなかがちょっと弱めなこと以外はたいてい健康な中山です。

 

今回は「おなか痛い」の中でも最強クラス、国家指定の難病「潰瘍性大腸炎」(元首相もそうだったやつ)を患った超ポジティブ漫画をご紹介します。

 

 

自分の人工肛門で笑いを取る、あまりにもおおらかな闘病漫画は暗さが1ミリもないッ

 

 

あらすじと感想をご紹介します。

 

『腸よ鼻よ』

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 島袋全優『腸よ鼻よ』5巻株式会社KADOKAWA2021年 より引用

 

 

【あらすじ】

 

島袋全優、沖縄出身の漫画家志望の少女。

 

マンガ養成スクールに通いながら、学費のアルバイトに精を出す日々。

 

あまりのハードワークに、最近トイレに行くと血が出てるけどまだまだ平気!

ごはんを食べたら吐いちゃうけどこれからバイトー☆

 

というノリの果て、限界状態で通院したらそのあとが人生ジェットコースター!

 

  1. 難病通告
  2. 漫画家デビュー
  3. 入院しながら原稿
  4. 大腸切除、人工肛門デビュー

 

あまりにも破天荒な一人の漫画家の10代後半の闘病記。

 

【感想】

 

とにかく明るい・・・ッ!

 

舞台はほとんど病院。

 

マンガ編集部にその才能を見出された全優先生は、原稿のやり取りをしながらもその実態は病院のベッドで点滴につながれている。

 

これだけ聞けばどれほどまでに苦難の生を・・・とうっかり涙しそうになるも、全優先生はとにかく明るい。

 

そもそも、本作は闘病エッセイではなくギャグマンガ

 

ベースは全優先生の闘病実話なものの、ところどころに創作ギャグが挿入されています。

 

特にお世話になっている医療関係者、そして仕事相手の漫画編集者のキャラを特濃に設定。

 

挙動不審のイケメンヤブ医者やシルエットがエヴァンゲリオン(?)の編集者など、難病持ちの全優先生に負けぬ濃いキャラが自己主張してギャグが渋滞気味。

 

決して自虐や強がりではなく、全優先生には世界がこう見えてるのかなと思うような・・・アッパーな世界観に浸れます。

 

闘病モノの漫画って結構好きで、『失踪日記』『さよならタマちゃん』『人間仮免中』『うつヌケ』などなど、色々読んできたつもりですが・・・

 

これほどの陽の気を放つ闘病モノはなかなかお目にかかれません。人工肛門なのに!

 

 

とはいえ、この度新刊が出た5巻では大腸を切除、大腸壊死の危機に見舞われ、(本人ではなく)家族がガン泣きするシーンも垣間見えます。

 

それでも人工肛門ストーマ)のやり方を教えてくれる看護師は、なんか変なお面かぶってるしテンションおかしいし・・・

 

難病モノで、感動の涙じゃなく「元気になれる」という・・・謎の読後感をぜひ。

 

(あと腸に優しいレシピがいたるところに載っているので、腸が弱いヒトにもおすすめだよ)

 

 

『あしたのジョー』の葉子さん論~もっとやれ葉子さん!あなたは美しくて傲慢な首謀者~

 

こんにちは漫画ライターの中山今(女)です。

 

本日はようやく履修しました『あしたのジョー』を、フェミニズム視点・・・というか葉子さんについて語りたいと。

 

まあ正直およびじゃないっていうか、男だけの世界の漫画にまさに「しゃしゃり出る女」で大変申し訳ねえ。

 

でも思っちゃったから書きます。これが表現の自由

 

というか、ちばてつや先生の表現力のおかげじゃないか、という気もするのだけど。

 

葉子さんのコマで一つ、むちゃくちゃ好きなコマがあったよ、って話。

 

あしたのジョー

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高森朝雄(原作)ちばてつや(画)『あしたのジョー』 講談社1970年 より引用
【あらすじ】

1960年代にドヤ街にフラっと現れた少年、矢吹丈(ジョー)。

 

親はなく、心は荒み、そして喧嘩だけは猛烈に強かった。

 

ドヤ街の酔っ払い、丹下はジョーの腕に惚れた。

 

丹下は元プロボクサーであり、現在はすっかり落ちぶれていた。

 

しかし彼の眼は見抜いていた。ジョーのボクシングの才覚を・・・

 

ジョーの型破りな魅力。少年院に入り、自暴自棄ともとれる行動を繰り返しながらも最後には必ずリングに立つ闘志。

 

そして力石、カーロス、金、ハリマオ、ホセといった多種多様な敵たち。

 

高度成長期に熱狂を以て迎えられた、伝説のボクシング漫画。

 

【葉子さんのこと】

 

で・・・・

 

あらすじでまったく触れていないけれど、とても重要なキャラクター「白木葉子」について、今回は語りたいと。

 

葉子さんは白木財閥のお嬢様。

 

ジョーが15歳のころ、悪さして少年院にぶち込まれていた時に慰問訪問してきたのが葉子さん。

 

はっきり言っていけすかない少女で、芝居の上とは言え丹下のおっちゃんを血まみれにしばきたおすなど人権感覚が希薄。

 

その上ジョーに「偽善」と煽られて(図星)、どうもそのころからちょっとした関係っぽい少年院のボクシング強者、力石を立ててジョーとの試合を組む。

 

私情を隠さないくせに権力もフルに使う、かなりヤバい少女よね。

 

成長してからも、おじいさまのボクシングジム、白木ジムを突然乗っ取り会長になったり、テレビ局各局を脅して「ジョーVS今から探すボクサー」というむちゃくちゃな試合を企てたりとやりたい放題。

 

 

ジョーじゃなくても「(お前みたいな女)しゃしゃり出てくるな」と言いたくなるような振り回しっぷり。

 

でも、私は葉子さんのことがすごい好きだ。

 

このコマで大好きになった↓

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 高森朝雄/ちばてつやあしたのジョー講談社漫画文庫8巻 講談社 より引用

 

この横長のコマ使い、背景なしでの吹き出し2つに分けた独白。

 

なんてかっこいい・・・・!

 

このシーンは、ジョーVSカーロス戦にて血しぶきの舞う激しい戦いが繰り広げられていたリング脇。

 

カーロスは「無冠の帝王」と謳われた力石以来のジョーのライバル。その実力差は大きく開いており、試合は「矢吹ジョーを公開殺人」というゲスな触れ込みでチケットが売れに売れている。

 

歴々たるプロモーター(壮年以上の男性)を差し置いて、この狂気的な試合を組んだ葉子さんは自身のことを「悪魔かもしれない」と自問する。

 

矢吹ジョーを死に至らしめるかもしれない、また人間の狂気を金に換えている悪魔であるかもしれないと。

 

案の定血みどろのボクシング。葉子さんは惨状におじけづきながらも、自らの責任を誰かに擦り付けることなく引き取ろうとするのがこのセリフです。

 

 

 

 

私は当然、『あしたのジョー』を男と男の1960年代ドラマ(高度成長期のスポ根)として読んでいるわけで、葉子さんはノーマークだったわけです。

 

高慢ちきなお嬢様でありつつ、責任から逃れない威風堂々たるたたずまい。

 

そしてその横顔が美しいのはちばてつや先生の描画の為せる技・・・!

 

今回『あしたのジョー』を一気読みしたのですが葉子さんの魅力にぞっこん。

 

高度成長期、財閥令嬢としての矜持。あなたは高慢ちきでそして美しい。 

 

もっとやれ葉子さん。ジョーに一泡吹かせてるのは、実はあなたしかいないんだ。

 

 

 

と言いつつ・・・

 

物語の最後、ジョーが死にに行く試合を止める際、葉子さんはジョーに告白します。

 

って力石はーーーーーーーー!?

 

いやまあいいんだけど。誰を好きになっても。

 

確かにまあコレだけ長期間にわたりジョーに粘着してたの、何かしら好意はあると思うんだけどッッ

 

葉子さん、私はその辺はジョーという才能を殺したくない、「プロモーターとしての打算も大いにある」と受け取っておくよ・・・!

 

 

 

えーととにかく私はあのコマの葉子さんが大好き。

あの美しい首謀者が大好き。