漫画のことと本のこと

漫画好きが読んだ漫画や本の感想を書くブログです。

『ようきなやつら』紹介。エンタメとメッセージ性を切り離さない、面白うてやがて悲しき漫画。

こんばんは、美大生(美術史)1年生、中山今です。

 

本日は漫画『ようきなやつら』をご紹介したいと思います。

 

『ようきなやつら』は社会的弱者をモチーフにした漫画の短編集です。社会的弱者に該当するのは、日本で言えば女性、外国人、子供、身体障碍者、性的マイノリティ、社会のレールから外れた人・・・などです。

社会的弱者は妖怪の姿を借り、ファンタジーで多数派になにがしかの反撃を食らわたり、食らわせられなかったりします。

 

そして『ようきなやつら』は痛切なメッセージ性だけではなく、エグい笑いやバトル、ハッとする漫画表現など、エンターテインメントとしても作りこまれた漫画です。

 

短篇の一編ずつ、テーマとなる「社会的弱者」は異なります。

本エントリーでは

  • それぞれの短編の簡単なあらすじ
  • モチーフとなる「社会的弱者」
  • 作劇の見どころ

をご紹介します。

 

メッセージ性を望む人はエグイ笑いを楽しむ覚悟で、

エンターテインメント性を望む人は重厚な社会問題に殴られる覚悟で、

双方を望む方は期待通りに、

どうぞお楽しみください。

 

 

 

『ようきなやつら』概要

著者:岡田索雲、発行:双葉社、発行年月日:2022/8/18

 

7編からなる短編集。7話目の『ようきなやつら』以外の話のつながりはありません。

以下にそれぞれの短編名とテーマとなる社会的弱者モチーフ&事柄を解説します。

 

 

各編紹介【7話】

『東京鎌鼬』・・・コミュニケーション不全カップルと性的同意

一方的な好意・希望を押し付ける夫イタチと、それに不服を感じながら話し合えない妻カマイタチ。子どもを願う夫イタチの希望とはうらはらに、なかなか子宝に恵まれない。ある日、妻カマイタチの後を尾けてみたら・・・。

 

夫イタチの空回りする様子がおかしく、そしてわびしい短編です。

夫イタチに着目すれば、自身の行動は客観視できないのに他人の悪意には不満を抱く認知の歪みが虚しく、

妻カマイタチに着目すれば、性的DVを自分の負担(金銭・服薬による身体的負担)として引き受けてしまっているいびつなカサンドラ症候群様の思考がツライ。

 

『ようきなやつら』に収録された短編の中で最もユーモラスですが、最も救いがないのもこの作品かなと思います。

 

↓『東京鎌鼬』は2022年9月1日現在、無料公開されています。おかしさとエグみをぜひ。

 

『忍耐サトリくん』・・・知ってしまった男の子と密室の権力

人の心が読めてしまう妖怪、サトリ。その能力を持つ学生、サトリ君が主人公。

能力のせいでクラスになじめないサトリ君と、心配した先生とのマンツーマンの面談。サトリ君は先生の心を読んでしまって・・・。

 

Twitterの評判を見ている限り、最も評価が高いのはこの作品。頭が割れそうな卑語の連発とサトリ君の苦悩はエグいエンターテインメント性に満ちています。

 

先生と生徒、年長者とこども、単純で強力な支配関係に本音が持ち込まれるとどうなるか・・・?

反抗できない支配を知ってしまう苦悩のお話ですが、毒々しいインパクトに衝撃をうけること必至の作品です。

 

『川血』・・・人種と社会からの排斥

河童の社会で暮らす子どもは、他の河童と見た目も違うしできることも違う。いじめられる日々、自分そっくりの姿を持つ外国人のおじさんが倒れているのを見つけ・・・。

 

前2作と雰囲気が異なり、明確に社会の様相を反映する短編。

明らかに「異人種」を表すビジュアルの河童が、「多数派」の姿をした河童たちから陰湿ないじめを受けます。そのいじめはクラスのいじめから公権力による人権侵害へと拡大していきます。

 

現在で言えば入管問題などもイメージが重なる本作。合間にはさまる笑いもシニカルで苦い味わいの漫画ですが、終わり方に救いを見出してしまいます。「それもまたマジョリティの傲慢」と自己批判の気持ちもありつつ、美しく壮大なイラストに希望を感じています。

 

『猫欠』・・・引きこもりと共感

四角い箱の中に閉じこもってしまった猫。周囲の猫はあの手この手で猫を外に出そうとするが、すでに彼女は箱の中で化け猫になってしまって・・・。

 

前3編と雰囲気が異なり、モノローグが多用された会話劇がメイン。

周囲の善意・悪意・無知・押しつけ・上から目線の説教など、「傷つけることばが絶え間なく在る画面」づかいに息苦しさを覚えます。

 

繊細で混乱して、自分すら傷つけてしまう様子が「毛皮についたリストカットの傷」ビジュアルで示唆されます。

 

引きこもりから抜け出せない苦しみの漫画ですが、猫がリアルでかわいく、シュールなおかしさもある作品です。

 

『峯落』・・・女性のセカンドレイプと男性に向けられるジェンダーの押しつけ

とある山の集落で行われた次期頭領候補の演説。3名の候補者のうち、唯一の女性である山姥、マサリが語り出した「告発」は衝撃的な内容だった。

 

『ようきなやつら』のあとがきで「Web公開してもっとも読まれなかった作品」と書かれていた作品であると同時に、私個人としては最も痛快だった作品です。

 

レイプ被害者へのセカンドレイプのいち側面を的確に表すことば選び。穏やかでおとなしい男性への抑圧など、男性へのジェンダーの押しつけ。そして屈辱を暴力で崩すバイオレンス。

 

ページ見開きでの肉弾戦、派手なアクションエフェクトなどバトル漫画としての迫力もあり、『ようきなやつら』の中でも最も型通りのエンターテインメントしてる、と思っています。型通りなんだけど動機が先鋭化されており、新しいヒーロー像だなと。

 

なお、直接的なセカンドレイプ表現があるためWeb公開時にはフラッシュバックに関する注意書きが掲載されました(そのためこのエントリーでも直接的なセリフの紹介は控えています)。

 

↓あまりに好きだったので単体でWeb公開された時にブログに紹介を書いています。この段階ではフェミニズム文脈で読んでよかったのか不安だったので、その辺がちょっとふらふらした紹介文です。

ima-nakayama.hatenadiary.com

 

『追燈』・・・過去の大災害と関東大震災朝鮮人虐殺事件 

大正十二年、九月、東京。

関東大震災に見舞われた東京で、一人の少年が親を探して彷徨っていた。

焼け野原の東京で、少年は更なる地獄を見ることになる・・・。

 

『ようきなやつら』の中で最も重く辛い、そして参考文献が最も多く用いられている短編です。

1923年の関東大震災のあとの悲惨な情景が暗い画面で描かれており、全ページに沈鬱な雰囲気が漂います。

参考文献から着想を得たであろう大量の、生々しいテキストが醸し出す圧。漫画のコマの線を燃やす「第四の壁破り」表現など、現実との接続を思わせる作品です。

 

↓『追燈』は電子書籍で単話販売もしています(kindle)。

関東大震災朝鮮人虐殺事件」ってなんだろう?Twitterで時に流れるデマ「井戸に毒を入れた」がなぜいけないのか?の根幹を為す虐殺事件を扱った作品です。非常にショッキングな漫画なので読む際はご注意ください。

 

『ようきなやつら』・・レッテルを貼られた男と、救済をもくろむ俺たち

とある精神病院。穏やかな雰囲気のなか、遠くに「悪い気の気配」を感じた5人の患者たちが立ち上がる。

 

本書『ようきなやつら』の総まとめと言える短編。

各話の登場人物(各話とは微妙にキャラ設定が異なる模様)が再登場し、戦隊もののようなエンタメムードが漂っています。

ただしその奇妙な違和感と、作中に登場するせりふは本書『ようきなやつら』全体のテーマと言えるでしょう。

 

この短篇自体にも深読みできる謎が残っており、再度ページをめくり直して読み返したくなります。

 

まとめに代えて・エンタメとメッセージ性を切り離さない

『ようきなやつら』は強いメッセージ性を持った漫画です。同時にエンターテインメント性も持っています。

 

丹念に作りこまれた社会的弱者の声を動機としながら、ユーモラスな笑いやえげつない露悪表現、バトル、テキストを使った試み、メタ表現などを織り込み娯楽作品として成立しています。

 

メッセージ性を求めて読む人には、エンタメとして著者・岡田先生お得意の露悪方向の面白みを楽しんでみてほしいし、

 

エンターテインメント性を求めて読む人には、笑いながら読んだ後に重いメッセージ性に脳みそをぶん殴られてほしい。

 

笑えるし重い。面白うてやがて悲しき。それが『ようきなやつら』です。

 

ただこれだけメッセージ性が強い作品を読むのであれば、大元になった社会問題も共に調べることでより味わい深くなります。

 

『ようきなやつら』はその作品に参考文献があれば、末尾かあとがきに掲載してあります。妖怪たちの苦しみの理解の助けに、そして自分が多数派として妖怪を迫害していないかのジャッジにぜひどうぞ。私もいつでも振り返らねば。

 

 

 

(中山今)