このエントリーに書いた感想は以下の1件。
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こんばんは。41歳批評見習い美大生、2児の母、中山です。
今回はこちらの1作。
Twitterで公式アカウントが流してくれたものなので、見られなくなっていたらごめんなさい。
今回のエントリーはがっつりと内容に触れるので、まず↓をクリックして読んでみてくださいね。
『再会』
『孤独のグルメ』の谷口ジローが描いた、とある50歳のグラフィックデザイナーが、23年前に別れた娘と「再会」する話(1/7) pic.twitter.com/C600kEY4Jq
— 谷口ジローコレクション【公式】 (@inu_wo_kau) 2022年10月3日
こちら、谷口ジロー先生の作品の一編。原作は内海隆一郎。
この作品、Twitterでの告知のため、引用ツイートでの反応もたくさんあって。
私はひとの漫画の感想を読むのが大好きなので、それをいろいろ読んでいたのですが、どうしても声を大にして言いたいことがありまして。
これ、中年男性一瞬油断させて誘い込んでアッパーカットくらわす奴と違う?と・・・
↓まあ呟いたんだけども
これ、
— 中山今.A.D.H.D (@kon_nakayama) 2022年10月7日
「無邪気に『娘とは血のつながりがあるから俺の子!忘れたことない!』ってウキウキ会いに行ったら絵から『ウソだね、忘れてたでしょ?』という視線を読み取って自分の軽薄さを恥じてしょんぼり帰る」っていう、中年男性を一瞬油断させてからのアゴ狙ったアッパーカットだと思うの https://t.co/6ipjJCeUCS
どうしてそういうこと呟いたかっていうとね、引用リツイートの反応の中で「男性の独りよがりが怖い」という意見が結構あったなって思って。
この作品を読むのにはまずその怖さを感じないといけないんだけど、そこからアッパーカットくらわしてくるから気を付けろ!っていう。あと反対に単純にいい話って言うにはビターすぎるぜと思ったり。
さてこのマンガ、50歳のけっこう成功したグラフィックデザイナー「岩崎さん」が、23年前に離婚した妻子が暮らす街にたまたま仕事で訪れ、身勝手な親心を出すというお話。
まあ岩崎さんひどい人で。自分が浮気しまくって妻子をないがしろにしたくせに、23年後、絵の道を選んだ娘に「(グラフィックデザイナーの)俺の血だな!」とか思い込む。ひどいっつーか怖い。すごい怖い。
ただ、男性のロマンの作品・・・というには妻からあっさり離婚されたり太っちゃったりしてあまり格好は良くないな、という印象。
そしてハイライト、娘の絵が販売される画廊に訪れ、娘の絵を見るシーン。
その少し怖い顔の少女の絵から、岩崎さんは糺(ただ)される気がする。
「あなたは本当に父親のつもりなの?私を忘れたことは本当になかったの?」
岩崎さんは上がったテンションが下がり、元妻にも、もちろん元娘にも何も言えず、ちょっと涙をこぼして帰って来たという話・・・・
これはねえ、皮肉だったなって思うんですよ。
だってさ、岩崎さん、どこからどう転がして見たところで誠実なヒトじゃないんです。
勝手に元娘のことを「俺の血!」とかって言うのもすごい身勝手だし(元妻の親御さんがいらないって言ったからって、マジで養育費も払ってなかったんでしょコレ)、それは今の家庭の二人の息子にもすごい失礼なわけ(息子たちは絵を志していない)。
ところが岩崎さんの審美眼はホンモノで、その絵を正しく読み取ってしまう。
本来のことを言えば絵の正しさって技術のみならずその創作背景や作者の意図、時代、他者の反応などを複合的に読み取る・・・自分のなかで咀嚼して解釈するのが絵なわけで、だから、岩崎さんが読み取ったのは「親に捨てられた子が描いた子の、怖い顔から喚起される【自分の罪悪感】」。
岩崎さんの美術を見る目が、「見る者の罪悪感を誘う絵」をまっすぐに受け止めたんだろうと。
ひどい仕打ちをした妻子への最後の最後の罪悪感を、絵を通して受け止めたのはその磨かれた仕事のおかげだったってのは、ずいぶんと皮肉だなと・・・
これ、審美眼のない男性だったら大変でしたよ。
「この絵は俺をバカにしてる!」とか激昂していたでしょう。罪悪感を受け止めきれなくて(そういうヒトいるじゃないですか)。
でも、この作品はそうじゃない。
むしろ前半の倫理観の怪しい「俺の血」だの仕事のいいわけだのは、読者をなんとなく引き寄せる罠であって、油断したところでスパーン!と「俺、娘のこと忘れてたじゃん」という自分の心の欺瞞に気づいてしょげる、実にアイロニカルな作品だと思って。
同時に、これ、私もスパーンとやられましてね。
実のところ、私もこのマンガを読み始めたときはこう思ってたんですよ。
「俺の血ィ?はあ?仕事の言い訳ェ?浮気してエ?子供ちっちゃいのにィ?は~~んハイハイ、男性のロマン系ってやつゥ?」と。
で、読み終わったらそうじゃない。誘い出してのアッパーカットだった。
その時に苦笑いですよ。ああ、私も読みたい感情が出てくると思って読んでたな・・・と。
岩崎さんはきっと、娘の絵に「ありがとうパパ!迎えに来てくれて!」とでも言われるつもりだったんでしょう。
私もきっと、このマンガは中年男性に都合のいいロマンが描かれるんだと思ってました。
岩崎さんも私もおんなじですよ。絵が自分の思い込みを肯定してくれるって思ってたらアッパーカットですよ・・・思い込み、ダメ。
と言いつつ、私も母親なので、岩崎さんみたいな男性が夫だったらと思うと明確にホラーです。
しかし岩崎さんはせめて自分の審美眼に則り、元妻子の邪魔だけはしません。
岩崎さんは涙をこぼしながら、たったの一言も声を掛けられずに元妻と娘の画廊を去ります。
これははっきり言いますが、元妻も、娘も、岩崎さんに気づいていません(キッパリ)。完全に忘れられてます。彼女らは忙しいのです。元妻はたぶん、現夫の社交の場として、娘は自分の仕事として。
自分の身勝手な勘違いに気づいて、もうここに居場所無かったな、ってわかったら、せめてそおっと、静かに去るべし・・・これがハードボイルドですよ!
この作品、妻の立場で見ても、娘の立場で見ても、少しづつ弱いところがあったり、それでも強いところがあったり、なによりバブリーな世界観が現代の経済状況と遠かったりして、いろんな視点から読める作品だと思います(私1万字くらい書けるよ!!)
娘(あるいは息子)の立場の方や元妻の立場の方が読んだらえぐすぎるホラーという読み方ももちろんあるのですが、私はこう読みました・・・って話。